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「令和5年の年賀状」団塊の世代の物語(7)

Japan In-depth / 2024年8月16日 23時5分

「へー、ふつうは反対じゃないの。不動産にしないなんてバカみたい、っていう感じだったよ。





僕も不動産会社で営業やってたからね。課長だったかな。





二つの会社をてんびんにかけてる地主相手に、上司をむりやり説得したな。





そいつが、あとになってからたたった。『いやーすごい契約だったんですね、あれは』って地主さんに愚痴ったのが5年後だ。地主さんが、『売らないよ、税金がいやだからね。30年の借地契約ならいい』って言われて、こっちは大喜びで応じたんだよ。とにかく、土地が手に入ればというだけの考えさ。なにせバブルの真っ最中だ」





「私、まぢかでいっぱい見てたの、そういうの。たくさんの人間が次々と狂って行く。





お金って恐ろしい。人が人でなくなる」





「すべてがプラザ合意から始まった。」





「1985年ね」





「ああ、その後に日銀が公定歩合を下げた。下げに下げて、バブルを引き起こしてしまったんだ。」





三津野は目のまえに置いたままだった中トロを口に放り込んだ。





「僕の落語の一席、聞いてみる?」





一口噛むと、未だ口を動かしながら英子に誘いかけた。





「聞く、聞く。やって」





では、とお茶の一口すすってから、おもむろにバブルの時代とその後の日本の話を始めた。





「時は1980年代初めのアメリカだ。





英子さん、あなたがそのときアメリカに住んでいるアメリカ人のビジネス・パーソンという設定だ。





三津野慎一の即席落語





30代の後半の年齢であるあなたは、今日も一日会社で一生懸命働いて帰宅した。





「今日もがんばったな」と自分を慰めてやりたい思いで、愛車を駆って帰ってきた。





家に戻ると、いつもの習慣ですぐにテレビを点ける。未だリモコンではない時代なんだよ。





その日に限って、アメリカ人であるあなたは、「なぜ自分は日本製のテレビを観ているんだろうか」と戸惑い、考え込む。「そうだったよな、子供のころはゼニスやRCAとかいうアメリカ製のテレビばっかりだったのに、どうして?いつの間に?ソニーや東芝といった日本製に囲まれる暮らしになってしまったんだろう?」





その日にかぎってあなたがテレビのことを考えたのには理由がある。あなたは、会社からの帰り、車のディーラーに寄ったんだ。





あなたは、カー・ディーラーに寄ってオヤジに話しかけた。もう長い間のなじみだ。





「私のシボレーも少し草臥れてきたんでね。12,3年にはなるかな。最新式のシボレ―、ピカピカのまっさらなやつ、そいつに替えたいんだ。色も青空が映り込んだような、底抜けに明るいブルー!オヤジさん、そういうの選んでよ。シボレー、いまのやつはどんなに素敵になってるの?」





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