団塊の世代の物語10
Japan In-depth / 2024年11月12日 16時24分
牛島信(弁護士・小説家・元検事)
【まとめ】
・老いを迎え、誕生日を祝うことに疑問を持つ三津野。
・英子との新しい会社設立を機に、人生の新たな章を始める決意をする。
・2人は新会社という新たな舞台で、二人だけの物語を紡ぎ始め
「誕生日おめでとう。」
英子の声が弾んでいる。
「ありがとう。でも、僕は誕生日って祝わないんだ。」
三津野の静かな声が大きな鉄板焼きステーキの部屋にすこしくぐもって響いた。
二人はオークラのさざんかという店の個室にいた。肉を食べ終わったので、ぶ厚い鉄板の反対側にあるソファー席にそろって移動したところだった。
41階の窓からは、東京タワーも見える。ビルの増えた都心では、もう東京タワーはいぜんのような、眩しく輝いているヒロインではない。森ビルが最近建てた愛宕台ヒルズからは見下ろされてしまってすらいる。ただ、夜になると赤や緑の色どりで周囲のビルから浮き上がってくる。そして、自分が東京という世界最大のメガロポリスの花の女王だと周囲に誇示するように、青いサファイヤ色の電飾を点滅させる。
二人は当たり前のようにオークラで会うようになっていた。英子がオークラを気にいっていて、上京するときの定宿にしているからだった。
「あっそうか。もう歳をとるのは止めたっていうことね。悪かったかしら。でも、あなたが産まれた日は私にとっては大切な日よ、お祝いさせて。」
英子が、目のまえのゼブラカルコニという黒地に白いシャープな縞模様の入った大理石製の細長いコーヒーテーブルに両手の指差をそろえて軽く頭を下げた。爪は明るい緑色に塗られ、右の薬指と小指とが白の細い線でチェック柄になっている。左手は薬指だけが同じチェックだ。そして、どちらも親指も薄い緑色のエナメルが施されている。右手の甲には黒っぽくて太い静脈が3本、浮いていた。左手の血管はずっと目立たない。
三津野はそれだけを一瞬のうちに見てとると、
「英子さん、そう言ってくれるのは、ほんとうにとても嬉しい。
でもね、僕にはもうそれだけで十分なんだよ。
だいいち、今日だけ僕のことを大切って思ってくれているわけじゃないだろう。」
「もちろんよ!」
英子がすっと頭をあげる。そのまま三津野の顔を見つめて力強く答えた。
「だけど、でも、それが私があなたの誕生日のお祝いをしちゃあいけないっていうこととなにか関係があるの?
やっぱり、もうたくさん歳をとってるから、っていうこと?」
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