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団塊の世代の物語10

Japan In-depth / 2024年11月12日 16時24分

大木先生と同じ。英子には子どものような二人の大人の男がおかしくてならなかった。


 


運ばれてきたケーキ二つを前に、英子が生クリームをフォークにとって口に運びながら、三津野に問いかける。


「ねえ、私たちの子どもの名、どうする?」


「え?」


三津野は、おもわず伸ばしたフォークを皿にもどした。


「こどもって?」


「いやね、私たちの会社の名に決まってるじゃない。


あなたは名前を出さないほうがいいかも、って大木先生が言ってたわ。


なにせ、滝野川不動産の三津野っていえば、ビジネスの世界で知らない人はいないからね。


それが、新しい私たちの会社のたとえ監査役でも名前が出てしまうと、滝野川不動産の方々が要らない心配をするから、っていう大木先生のお話だったの。私も、二人の名前をいっしょにくっつけた名前の会社にしようかしらなんて夢見てたんだけど、大木先生に言われちゃうとね。」


「そうか、それで二人の子どもってわけか。」


<そうだな。滝野川の後輩たちは78歳の老人が突然、訳も分からずに弾けてしまったって心配するだろうな。


でも、ここは考えどころだぞ。


いつまで滝野川の三津野でいるのか、そもそも滝野川の三津野でいたいのか>


 


滝野川不動産に入って50年余、三津野の人生はそこにほとんど全てが埋まっている。


それが事実だった。


今の社長を選んだ会長までは、三津野が実質的に決めてきた。会長として社長を選び、相談役としてその次の社長を選んだ。もちろん社内から、それなりの人望があり、しかも信頼感の持てる人間たちばかりだった。それを依怙贔屓だと呼ぶ陰口を三津野は意に介さなかった。それが本当の信頼、会社を、そのステークホルダーの全てを託するに足ると後継者という自信があった。自分の責任を果たすというのはそういうことだという信念があった。


英子に会うまでは、そう思っていた。


だが、三津野は、いま、新しい人生を、英子との新しい人生を始めようとしている。それも、英子と二人で、これまで快適に浸りきっていた世の中とは別の世の中に積極的にかかわるのだ。滝野川の三津野のしてきたこととはかけ離れたことをしようとしている。


だが、それは三津野が自分で決めたことではなかったのか。


<違う。自分で決めたのではなく、英子が現れて、僕を誘い導いた。花の女王が僕の手を強く引いてくれている>


三津野は、自分でも信じられない高揚感が突き上げてくるのを感じた。


<18歳の自分がいる>


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