「殺してみたかった」の背景にあるもの
JIJICO / 2015年2月7日 11時0分
「殺してみたかった」の背景にあるもの
「殺人願望」を本当に持っていたかはどうかは即断できない
名古屋の殺人事件で逮捕された女子大学生は、「恨みがあったわけではない。人を殺してみたかった」と供述しているということです。言い換えれば、彼女はいわゆる「殺人願望」を持っていたのでは、ということになります。
ただ、この「殺人願望」の考察に入る前に注意しなければならないことは、この女子大学生が「殺してみたかった」と供述しているとしても、それが本当の動機かどうかは精査してみないとわからないということです。人は意識的・無意識的に本心とは違うことをいうことはよくあり、時にはさまざまな理由から、実際以上に自分を悪く見せる(偽悪的)こともあります。
多くの殺人犯が、その動機を「自分でもよくわからない」と述べており、「殺人願望」は必ずしも言葉ほど明白でない面があります。したがって、ここでは「殺人願望」を「人を殺したい願望」と字句通り狭義にとらえるのではなく、「人を殺人行為に駆り立てる要因」と広く定義し、考察します。
現時点では殺人行動を統一的に説明できる単一の要因はない
人が殺人、特に計画的に冷酷な事件を起こした時の一つの説明の仕方は、「反社会的人格障害(いわゆるサイコパス)」によるとすることです。しかしながら、これは説明しているようで、実はただ命名・分類しているだけで、その動機を何も説明していません。必要なのは、その背景にある真の生成過程を探ることです。冷酷な殺人の心理的要因としては、子どもの時に心理的・身体的に虐待された体験から共感性が発達せず、その一方で攻撃性が蓄積した結果、という機制がよくいわれます。
他方で、冷酷な殺人の原因を脳の構造に原因を求めようとする研究が多く行われています。例えば、あるスウェーデンの研究者たちは、暴力的な犯罪を繰り返す者には、いわゆる「ウォリアー(戦士)遺伝子」と呼ばれる2種類の遺伝子(CDH13 と MAOA)が関係している、と述べています。また、脳の造影を調べた結果から、殺人者には衝動を抑制する機能を持つ前頭葉に不全がある者が多い、と述べる研究者もいます。
しかしながら、問題は、子ども時代の虐待体験を持っている者がすべて殺人犯になるわけではないし、殺人犯の誰もが「ウォリアー遺伝子」や前頭葉の機能不全を持っているとは限らないことです。ちなみに米国のある脳神経学者は、自分の脳をPETスキャンで調べたところ、暴力的な殺人犯と同様であったと述べています。
結局のところ、少なくとも現時点では、殺人行動を統一的に説明できる単一の要因はないといえます。つまり、個々の殺人者が置かれた特有の状況に応じて、遺伝子などの生物学的要因と生育過程などの社会的要因、そして性格などの心理的要因が複雑に相互作用して起きる、と説明するのが最も妥当と考えられます。
「現代社会の病理」とするような論評はあまりに短絡的
最後に、今回の事件を過度にセンセーショナルに取り上げるのは避けるべきと考えます。確かに殺人犯として逮捕されたのが若い女性で、しかも被害者がもともと面識のない相手であったこと、また有名国立大学の現役学生であること、など特異なことが多いといえます。
しかしながら、特異な殺人事件というのは、19世紀末の英国の「切り裂きジャック」の例を挙げるまでもなく、いつの時代でも起きています。また、犯罪学者は、歴史的に見れば殺人は減少してきていることを指摘しています。よって、今回の事件や他の少数の同様事件をもって、例えば「現代社会の病理」とするような論評はあまりに短絡的と考えます。
(村田 晃/心理学博士)
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