「世界一厳しい道」で鍛えられたレクサス新型「IS」 パワー競争から脱却図る狙いとは?
くるまのニュース / 2020年10月31日 18時10分
レクサス新型「IS」は、トヨタが愛知県の下山に設立した新しいテストコースで開発がおこなわれました。そのモデルとなったニュルブルクリンクは、世界でもトップクラスの過酷なコースですが、これまでどのような出来事があったのでしょうか。
■レクサスを鍛える厳しいテストコースで新型「IS」を試走
トヨタは豊田市本社から30分くらいの下山に世界一厳しいテストコースを作った。すでに「スープラ」が発表されたときに、お披露目されたが、今回はレクサスの新型「IS」と新型「LS」の試乗を兼ねて、下山のテストコースを味わってきた。
一言でいうなら、文字通り世界一厳しいコースなので、ここで鍛えたクルマは世界に通用することは間違いない。欧州車の開発文化が、ここ日本にも登場したのである。
私(清水和夫)は、いままで世界中で40か所くらいのサーキットを走ってきた。そのほとんどがレーシングカーであったが、ときには新車の試乗テストとしてサーキットを走ったこともあった。
マカオGP(マカオ)、スパ・フランコルシャン(ベルギー)、ル・マン(フランス)、バサースト(オーストラリア)などのサーキットは公道を使うので、普段は練習ができないし、レースでもリスクが非常に高い。
公道サーキットはエスケープゾーンがなく路面も滑りやすい。さらに段差やバンピーな凹凸があり、サスペンションのセッティングも苦労する。
また、ル・マンのような超高速の公道サーキットもドライバーにとっては難易度が高い。このコースは公道を使うが、ユーノディエールという6kmの長い直線が危険だった。
現在は2か所のシケインでトップスピードを規制しているが、シケインができる前は400km/hのスピードがでていた。タイヤのバーストや空力特性の関係でマシンの安定性が失われると、レーシングドライバーの命を奪うことになる。
※ ※ ※
公道以外でもドライバーに厳しいサーキットがある。そのもっとも印象的なのがドイツのニュルブルクリンクだ。一周20kmのアップダウンが続く高速サーキットだ。
路面は晴れていても滑りやすく、しかもジャンピングスポットもあるくらい路面が悪い。このニュルブルクリンクではドイツの自動車メーカーが新車のテストを常時行っている。アウトバーン育ちのドイツ車は実はニュルブルクリンクで鍛えられていた。
ポルシェもここでは常連だし、常に最速ラップでテストがおこなわれている。私は何年か前にポルシェのタイヤテストをニュルブルクリンクで走っていたし、日本メーカーのスポーツカーの開発も手伝ってきたことがあるので、テストドライバーとしていままで約5000ラップは走ってきた。
さらに、24時間レースも数戦参加してきた。このニュルブルクリンクはほかのサーキットと同じように考えてはいけない。サーキットはレーシングカーが競い合う特殊なコースであり、公道レースを除いては限りなく安全に作られている。
しかしこのニュルブルクリンクは例外だ。エスケープゾーンがあまりにも少ないのだ。200km/h以上の速度でスピンすれば重大なクラッシュとなってしまう。
ときおり嵐のように雨や風が吹き付けると、ニュルブルクリンクの過酷さは一変する。とても歯が立たないほど厳しい環境になってしまう。
昨年ホンダ「S2000」でニュルブルクリンク24時間レースに参加した。結果は優勝することができたが、僅かな雨でも、路面は滑りやすくなる。
「死を覚悟する」などというと、大げさとお叱りを受けるかもしれないが、ニュルブルクリンクではドライバーが肌で感じるのは紛れもなく「死の恐怖」なのだ。
200km/hを越える速度でコースアウトしたら森の立木に激突することは避けられない。あるいは運悪くガードレールの支柱に激突するとクルマは粉々に大破してしまうだろう。
オープンカーなら、横転すれば首がすっ飛んでしまうかもしれない、という恐怖をレース中に何度も感じた。
昔のレースで目撃した高速クラッシュは鳥肌が立った。BMWの「M3」が、まるで航空機が墜落したようにばらばらになっていたのである。レース中でも事故の衝撃のすごさを目の当たりにすることができる。
ところで、そのニュルブルクリンクはいったいいつ頃作られたのだろうか。
死のサーキットとして恐れられてきたニュルブルクリンクは1930年代に完成した。その目的は広大な丘陵地帯を利用したクルマのレースをするところとして作られたのだ。
やはりサーキットではないか。と思うかもしれないが、当時はドライバーの安全性はあまり優先されていなかった。それよりもスピードを出すことにメーカーの技術屋は価値を見いだし、それを乗りこなす勇気あるドライバーに栄誉が与えられた。
まさに命あっての物種だ。故ポール・フレール先生は「昔のニュルブルクリンクは凄かった。路面はもっと荒れていたし、ガードレールもなかったのだよ」と。
戦後ドイツの自動車メーカーはクルマ作りに専念した。アウトバーンやニュルブルクリンクをテストコースの代わりとして使うことで、高速に耐えられるサスペンションやブレーキが開発されたのだ。
ニュルブルクリンクはその意味ではドイツの自動車産業を支えてきた開発の聖地となっていったのである。ドイツ人でニュルブルクリンクを知らない人はいないくらいだ。ポルシェはこのニュルブルクリンクで育てられているスポーツカーなのだ。
ちなみにポール・フレール先生に世界一難しいコーナーはどこか、と聞いたことがあった。その答えは納得できるもので、スパ・フランコルシャンのオールージュだと。
F1レースでは第2コーナーに相当するが、下りの直線でスピードがたっぷりと乗ったときに、坂のボトムで左右と超高速S字があり、再び登りきったところで、左に曲がる。このコースではもっとも死者が多いコーナーなのだ。
ルージュ(赤)の意味は亡くなったドライバーの血を意味するのかと聞いたが、実際は赤い色の石でできた小川が流れていたので、川の水が赤く見えていたことから、オールージュ(eau 水)と呼ばれていた。
■下山のコースで分かった新型ISの実力とは
ニュルブルクリンクでクルマを鍛えることに目覚めたトヨタは、豊田章男社長が自らハンドルを握ってニュルブルクリンクを走っている。
その厳しさを体験した開発陣は、ニュルブルクリンクの厳しさを再現できるテストコースをトヨタ本社の近くにある下山町に作った。
この下山プルービンググラウンド(下山PG)で本格的に鍛えられた最初のレクサスが、ビッグマイナーチェンジした新型ISなのである。
レクサス新型「IS」
新型ISはすでにプロトタイプを袖ヶ浦サーキットで試乗していているが、プラットフォーム的にいえば、従来のモノを熟成して使っている。
このマイナーチェンジした新型ISは、通常のサーキットでは何万キロ走ってもわからない課題が、下山PGで鍛えることで如実に評価することができたという。その一例が、ホイールとハブキャリアを固定する方式をナットタイプからボルトタイプに変更したことである。
自分でタイヤ交換しないと気づかないが、欧州車の多くはボルトタイプでホイールを取り付ける。
ネットで調べるとあまり正しい情報が載っていないが、欧州車は日本よりもスピードが高く、実際の道もクルマへのストレスが大きい。それゆえに、ホイールとハブキャリアをしっかりと締め付けるために、ナットではなく、ボルトを使っているのである。
欧州車の常識が日本車の非常識になっている一例だ。だが、レクサスはドイツ車など欧州のプレミアムなブランドをライバルとするので、まずはISからホイールの取り付け方式を変更した。
ISのチーフエンジニアの小林さんは「ほかのサーキットやテストコースでは、あまり気にならないけど、ニュルブルクリンクや下山PGでは、ホイールとハブキャリアの結合が弱かったとすぐに分かります」と厳しいコースがクルマを鍛えるよき前例となったと話してくれた。
実際に下山PGを新型ISで走ると、2リッターのISの走りが光っていた。ハイブリッドやV型6気筒よりもエンジンが軽いので、一番気持ちよく走ることができた。
コースが厳しいので、パワーで圧倒するのではなく、シャシ性能のバランスでハンドリングが評価される。その意味ではベースモデルのISがベストなハンドリングで、自在に操れる操縦性が光っていた。
グリップの高い路面を持つサーキットではタイヤの性能で操れるが、下山PGではクルマの基本性能がモノをいう。
パワーや燃費競争ではなく、ハンドリングの愉しさでほかのプレミアムブランドとの差別化を図ろうとするレクサスの狙いを垣間見ることができた。
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