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数字で読み解くランボルギーニの革新性とは? 時代を切り開いたエポックメイキングなクルマたち

くるまのニュース / 2021年9月2日 20時10分

ランボルギーニのイノベーションの歴史を、数字をキーワードに解説します。「アヴェンタドール」や「ウルス」につながるランボルギーニのマイルストーンを紹介します。

■ランボルギーニの驚くべき5つのキーワード

 アウトモビリ・ランボルギーニの歴史のなかで、ランボルギーニを自動車業界における卓越性とイノベーションの最高峰に押し上げた記録や初の試みをピックアップしてみることにしよう。

内装がよく見えるように「マルツァル」の外皮はガラス面が多くなっている内装がよく見えるように「マルツァル」の外皮はガラス面が多くなっている

●「マルツァル」:4.5平方メートル

 4シートグランドツアラーを意図して開発された「マルツァル」は、カロッツェリア・ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニ氏がデザインを担当。スタイルとデザインを誇る、世界的なアイコンとなった。

 とくに際立っていたのはシルバーのレザーで仕立てられたインテリアと、デザイン全体の中心的なテーマである六角形。六角形のデザインは随所に見られ、ダッシュボード、リアウインドウ、コンソールのカットアウトの形状にも繰り返し使用されている。

 しかし、もっとも鮮烈な印象を与えた特徴は、大きく広がるガラス面だ。ガルウイングドアからルーフまでを覆うその面積は、実に4.5平方メートルにも及ぶ。これにより、マルツァルは史上最大のガラス面積を誇る、走行可能なショーカーとなった。

●「ミウラ」:29歳

 起業当初から、ランボルギーニの創始者フェルッチオは、優秀で実力のある若者が力を発揮できる環境を提供したいと願っており、ミウラ・プロジェクトはまさにその好例であった。

 競合他ブランドへの挑戦や、創業間もないランボルギーニを軌道に乗せるために、フェルッチオは大学や自動車業界の若手のなかから才能ある人材を活用した。

 そして1966年に、28歳のデザイナー、マルチェロ・ガンディーニとテストドライバーのボブ・ウォレス、30歳のチーフエンジニアのジャンパオロ・ダラーラとアシスタントエンジニアのパオロ・スタンツァーニという、平均年齢29歳の、ランボルギーニ史上もっとも若いチームが、伝説となる類まれなる名車を生み出すことになる。

 この若者たちは後に、自動車業界においてそれぞれの分野の巨匠として絶対的な地位を確立し、フェルッチオの人の才能を見抜く眼力を証明することになった。

左からスタンツァーニ、ガンディーニ、ダラーラ左からスタンツァーニ、ガンディーニ、ダラーラ

●「ミウラ」:105.5cm

 1960年代にスポーツカーのデザイナーがもっとも重視したのは、空力性能の高い、低い車体のしなやかな形状だった。車高わずか105.5cmのミウラは、市販車としてはそれまででもっとも車高が低く、この低い車高は、いまやランボルギーニのDNAの一部となっている。

 さらにミウラのスタイリングの特徴は、ランボルギーニのシェイプに不可欠な要素として受け継がれている。

■現在のランボルギーニのデザインルーツは、「LM002」と「カウンタック」にあった!

 1970年代、ランボルギーニは軍用車を米軍とNATOに納入しようと、アメリカの軍用車メーカー「MTI(モビリティ・テクノロジー・インターナショナル)」社の基本コンセプトを用いて、多目的オフローダー「チータ」を開発。

 しかし、1977年のジュネーブモーターショーでお披露目されたチータは、米軍からの入札を得るに至らなかったばかりか、北米「FMC(フォード・マシーナリー・コーポレーション)」社の機密情報を入手して模倣したことが判明するという最悪の事態に。

 しかし、ここで諦めないのがランボルギーニである。苦肉の策として、チータを中東の富裕層向けに仕立て直し、超高級オフロード・スーパーカーへと路線変更、1981年にその最初の試作車「LM001」を登場させるのである。

「チータ」(左)とよく似ている「LM002」だが、シャシやエンジンの搭載位置など、まったくの別物である「チータ」(左)とよく似ている「LM002」だが、シャシやエンジンの搭載位置など、まったくの別物である

●「LM002」:290リッター

 チータと同じリアにエンジンを搭載していたLM001であったが、翌1982年のプロトタイプ「LMA」では、「カウンタック」用V12エンジンをフロントに搭載。紆余曲折ありつつ、1986年に生産モデル「LM002」が、ベルギーのブリュッセル・ショーでワールドプレミアを果たす。

 LM002に搭載されたエンジンは、カウンタックLP5000用の5167ccのV型12気筒「クアトロヴァルヴォレ」ユニットを、低速でのオフロード走行に合わせたトルク重視の特性にデチューンしたもの。

 キャブレター仕様とインジェクション仕様があるが、少数生産されたインジェクション仕様は455psの最高出力を発揮。2700kgもの車両重量でありながら、最高速度は201km/hと、当時のオフロードビークルとしては格違いの速さを誇った。

 ここでオフロードビークルとしてのLM002に求められるのは、いかにして航続距離を稼ぐかである。結論としては、290リッターという巨大な燃料タンクを搭載することになる。

 さて、LM002は、販売面では成功したモデルとはいえなかったかもしれない。しかし、ゴージャスな内装を持ったLM002は、現在のラグジュアリーSUVの嚆矢といってもいいだろう。卓越性とイノベーションを信条とするランボルギーニらしい1台であったことは確かだ。ただし、時代を30年ほど先取りしていただけである。

 また、LM002という前例があっただけに、ラグジュアリーブランドが次々とSUVをリリースするムーブメントのなかで、スーパーカーメーカであるランボルギーニが、時代に遅れることなく「ウルス」を市場へと投入できたともいえる。

ボディカラーがグリーンだと、初期の「カウンタックLP400」がいかに「カラボ」のデザインに似ているのかがよく分かるボディカラーがグリーンだと、初期の「カウンタックLP400」がいかに「カラボ」のデザインに似ているのかがよく分かる

●「カウンタック」:50年

 50年、つまり半世紀も前にマルチェロ・ガンディー二がデザインした革新的な「カウンタック」は、垂直に開くドアを搭載した初めての市販車であった。

 このシザードア、もとはといえば、1968年のパリ・サロンで発表されたコンセプトモデルのアルファ ロメオ「カラボ」に、ガンディーニは採用した経緯があるが、いまやシザードアはランボルギーニのフラッグシップモデルの際立った特徴のひとつとなっている。

 シザードアの採用理由には、外見的な美しさだけでなく、上向きに開くことから得られる利便性もある。バック時の身を乗り出しての後方確認を容易にし、後方の視認性の問題を解決。

 さらには、長いドアを横に開けることのできない狭いスペースでの、駐車の問題を解決するためでもあったのだ。

 カウンタックの後継モデル「ディアブロ」、「ムルシエラゴ」、「アヴェンタドール」まで、シザードアはランボルギーニの12気筒モデルのDNAに欠かせない特徴となっている。

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