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手塚治虫が『空気の底』で描いた、人間の愚かさ。復刻版に見る手塚短編の真髄とは

マグミクス / 2020年4月22日 8時10分

手塚治虫が『空気の底』で描いた、人間の愚かさ。復刻版に見る手塚短編の真髄とは

■雑誌掲載時の内容で復刻、重要だった「タイトルページ」も

 マンガの神様・手塚治虫の短編集『空気の底』が、雑誌掲載時のオリジナル状態で復刻され、2020年2月に立東舎から発売されています。同作は1968~70年に「プレイコミック」誌に掲載されたもので、SFやサスペンス、ホラーなど、題材や設定も多彩ですが、多くのエピソードで人間の過酷な運命、そして彼らの業の深さ、救いのなさが描かれています。

 いま同作で注目すべき点、そして復刻されたオリジナル版ならではの見どころについて、かつて虫プロ商事に在籍し、手塚治虫の仕事ぶりをよく知る飯田耕一郎さん(漫画家・漫画評論家)に聞きました。

* * *

ーー『空気の底』はこれまで「手塚治虫文庫全集」(講談社)などで読むことができましたが、今回復刻されたオリジナル版『空気の底』と従来の単行本で、大きな違いはあるのでしょうか?

飯田耕一郎(以下敬称略) 雑誌掲載時にあった多くの扉ページが、きちんと収録されている点が、大きなところといえます。『空気の底』収録作品の多くは1話あたり16ページで描かれています。それらのほとんどが、独立したタイトルページを持っていましたが、単行本化の際に削られていました。

 マンガは本来、読者が見開きで読んで、めくった時の効果などを考えて流れを作っていくので、タイトルページを取ってページを繰り上げると、作者が苦心して作った流れが崩れてしまいます。特に、短編作品は最後のページに描かれるオチが肝心です。同作に収録の「野郎と断崖」や「グランドメサの決闘」などは、最終ページにどんでん返しがあるのに、従来の単行本ではラストシーンが見開きで見えてしまっているので、台無しなんです。

 今回のオリジナル版ではタイトルページも含めて雑誌掲載当時の正しい形で復刻されているので、作者の意図した流れを体感できるでしょう。

 また、第1話「ジョーを訪ねた男」では、冒頭の導入部でコマのなかにタイトルが描き込まれていました。これも全集版ではコマを切り貼りして消されてしまった部分ですので、復刻版で見られるのはマンガ好きとして嬉しい部分です。

■どのエピソードも「長編作品になり得る」素材を凝縮

『空気の底』オリジナル版(立東舎)第1話「ジョーを訪ねた男」の導入部。見開きのコマのなかにタイトルが書かれていた、雑誌掲載時の状態が再現されている

ーー『空気の底』は、人間のダークサイドを描いた、いわゆる「黒手塚」作品とは違い、それほど暗い内容ではないという印象です。

飯田 『空気の底』執筆当時、手塚先生は会社の経営をはじめさまざまな事情が重なり、精神的にまいっていた時期でした。その時期の長期連載である『ダスト18』や『アラバスター』などはとても暗い作品で、「黒手塚」と言われたりするわけですが、『空気の底』はそこまで暗い作品ではありません。それは、短編作品だったからなんだと思います。

 長編連載では作者の心の状態が内容に反映されていきますが、短編は一気に描きあげることで、「黒」よりも「ストーリテラー」としての手塚治虫が前に出ているんです。連載していた「プレイコミック」は大人の娯楽雑誌という側面が強い印象でしたので、手塚先生はあまり制約のないなかで物語づくりを楽しんでおられたのではないでしょうか。「手塚治虫のすごさ」が短編で理解できるのが、『空気の底』という作品ではないかと考えています。

ーー特に手塚先生のすごさが感じられるのは、どんなところでしょうか?

 マンガは短編も長編も、構造的には個々のエピソードの連鎖からできていますので、そのエピソードの面白さがキモなわけです。手塚先生はそこが天才的で、発想の組み合わせや展開もそうですし、視点も、俯瞰で見たり一瞬でクローズアップしたりと自由自在です。

 それらを駆使して、毎回いろんな世界の人間模様をたった16ページにまとめ上げる。手塚先生自身が全集のあとがきで語っているように、どれもが長編になりうる素材が詰め込まれていて、その内容の濃密さに唸ってしまいますね。

ーー人間が社会の不条理に翻弄され、愚かな行為をしてしまうという『空気の底』の物語は、現在の日本で、新型肺炎への恐怖から身勝手な行動をしてしまう人びとの姿に通ずるものがあります。いま同作を手に取るとしたら、どのような読み方、楽しみ方ができるでしょうか?

飯田 人間というのは、時にいい人だったり、欲にまみれたり、ささいなことで感動したり、つまらないことで命を落としたり奪ったりですよね。手塚作品ではそんな人間を俯瞰して描いていると思うのですが、『空気の底』では人間の愚かさが最後に変化する展開があるんです。

「野獣と断崖」のように、人を殺すことをためらわない極悪人が、ラストでポンと変わってしまう、その変化で切なさを感じさせます。人間は善から悪、闇から光へと行ったり来たりする、それがドラマだと思います。『空気の底』は16ページという短さのなかで、そういう人間というものを観察する視点で見せてくれるので、読者にとっても、自分をかえりみる機会を与えてくれる作品になるのではと思います。

※『空気の底 オリジナル版』(立東舎)は、雑誌掲載時の『空気の底』全14話に加え、「不条理短編集」として同年代・同傾向の短編4作品と、単行本未収録を含む1コママンガ10作品などを収録しています。

(マグミクス編集部)

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