R指定で実写化された『ばるぼら』 手塚眞監督が語る手塚マンガの女性像とは?
マグミクス / 2020年11月20日 7時10分
■表現者の葛藤を描いた大人のファンタジー
“マンガの神さま”手塚治虫氏が1973年~74年に執筆した異色作『ばるぼら』が実写映画化され、2020年11月20日(金)より劇場公開が始まります。人気作家の美倉(稲垣吾郎)はフーテン娘のばるぼら(二階堂ふみ)と出会い、やがて彼女なしでは小説を書くことができなくなってしまいます。ばるぼらは創作意欲を掻き立てる女神なのか、それとも男を破滅に追い込む魔性の女なのか。表現者の葛藤を描いた大人向けのファンタジーとなっています。
原作ファンが「ここまで描いたのか」と驚くような展開が、映画『ばるぼら』の後半には待っています。原作が持つテーマ性を薄めることなく描いてみせたのは、手塚治虫氏の長男・手塚眞監督です。インタビュー前編<本体サイトのみ、前編記事へのリンク設置>に続く後編では、手塚マンガに登場する女性像のモデルについて、ばるぼら役を熱演した二階堂ふみさんらキャストについて、手塚眞監督に語ってもらいました。
■身近にいた手塚作品のモデルたち
ーーばるぼらは自由奔放で、男の言いなりには決してならない。怪しい黒魔術も使う。でも、美倉はそんなばるぼらを手放せなくなってしまう。『ばるぼら』は手塚治虫氏の女性像が描かれた作品とも言えそうですね。
手塚作品の女性像というよりも、世界各国のあらゆる作家たちが思い描く女性観の集合体みたいなものでしょうね。どの国でも、作家の前にはミューズ的な女性が現れるものだと思います。フランスならファムファタールと呼ばれ、米国映画では悪女として描かれ……。世界中の作家たちが、ばるぼら的な女性をモチーフにしてきたんじゃないでしょうか。
ーー手塚作品には、明るく育ちのよさそうなヒロインがたびたび登場します。手塚家の家族写真を拝見すると、手塚治虫氏の奥さま・手塚悦子さんに似ているように感じるのですが。
あぁ、なるほど。でも、性格的なところは母とは違うように思います。父の学生時代には、ボーイッシュで、エネルギッシュな性格の女の子たちが周囲にけっこういたそうです。『ブラック・ジャック』に出てくるピノコは、父の妹さんのイメージに近いと思います。身近にいた女性たちはモデルにしやすかったんでしょうね。
兵庫県宝塚市で育った父は、子供の頃から「宝塚歌劇団」を観ていたので、その影響も大きいようです。学生時代には取材という形で、楽屋にも入っていたそうです。スタイルのいい美しい女優たちが舞台裏で男装し、舞台上でスポットライトを浴びる様子は、強烈な印象を与えたんだと思います。父の描いた立ち姿のきれいな女性キャラなどに、反映されているように感じます。
■見えない力に引かれていった映画制作
インタビューに応える、手塚眞監督(マグミクス編集部撮影)
ーーばるぼらは住所不定で、酒乱という設定。手塚作品の従来の明るいヒロイン像とは大きく異なります。
父は時折、図式的にキャラクターを作り出すこともあったように思います。ブラック・ジャックはその典型的な例でしょう。とにかく見た目のよくないキャラにしようという単純な発想から、ブラック・ジャックはああいう傷だらけの容姿になったんです。傷ができた理由は、後付けなんです。
ばるぼらも同じで、破天荒な女性キャラということで浮浪者っぽい姿で、酒好きという設定になったんだと思います。1970年代は新宿にフーテンが多かった時代でもありましたし、父と親交のあった漫画家・永島慎二さんの『フーテン』という作品もありました。父は『フーテン』からインスピレーションを受けて、『ばるぼら』を描いています。
でもフーテンの本質的なことに父は興味があったわけではなく、あくまでも設定として取り入れただけですね。『ばるぼら』は物語が進むと、フーテンという設定は置いていかれていますから。
ーー謎めいたばるぼらを演じたのは、二階堂ふみさん。企画当初から、候補に挙がっていたそうですね。
二階堂さんの名前は最初から出ていましたが、当時は未成年だったので、オファーは控えたんです。他の女優をあたったものの、なかなか決まらなかった。逆にそのことが幸いしました。二階堂さんが成人していたので正式にオファーしたところ、快諾してもらえました。稲垣吾郎さんもそうですが、おふたりともお会いした時には原作をきちんと読んでおり、作品の持つテーマ性を深いところまで理解してくれていました。
美倉役も苦労しました。「美倉役は演じたい。他の俳優が演じているのを観たら嫉妬するだろう。でも、受けることができない」と断りの手紙を送っていただいた俳優もいます。稲垣さんも新しい環境になったことで、受けてくれたんでしょうね。本当に不思議な気がします。何か見えない力に引かれるようにして、映画が形になったような気がします。
■6本しか実写映画化されていない手塚作品
ーー後半は相当ハードな描写もありますが、二階堂さんも稲垣さんも体当たりで演じ切っています。
原作に対するリスペクトがあったので、おふたりはしっかりと演じてくれました。映画はR15指定になっていますが、手塚治虫の作品はどんなに下品なものを描いていても上品さがあるんです。絵柄にも表現にも、どこか上品さが感じられる。映画にもハードな描写はありますが、下品にはならないように心がけて撮っています。矛盾した表現ですが、『ばるぼら』を描くということは、そういうことだと思うんです。
ーー映画を完成させたことで、改めて気づいたことはありますか?
案ずるよりも産むが易し、ということでしょうか(笑)。手塚作品の実写化というとハードルが高いと思われがちですが、最初の企画段階できちんと考えてからスタートさせれば、決して難しいものではないと思うんです。二階堂さんが主演した『翔んで埼玉』(2019年)みたいなマンガっぽい映画もあっていいと思いますが、マンガ原作をベースにした大人向けの人間ドラマをつくることも可能なはずです。
今はデジタル表現やCGもあるので、作ろうと思えば『火の鳥』を実写化することもできるんじゃないでしょうか。手塚作品はあれだけ数があるのに、実写映画化されたのは『ばるぼら』も含めて6本しかありません。もちろん、僕もまだまだ実写化したい手塚作品はありますし、他の監督たちが「この手塚作品を撮りたい!」と参戦することも期待したいですね。
●手塚眞(てづか・まこと)
1961年東京都生まれ。高校時代から自主映画界で注目を集め、1981年に『星くず兄弟の伝説』で商業デビュー。1986年にはオリジナルビデオ作品『妖怪天国』を監督。1999年に制作した『白痴』はヴェネチア国際映画祭に出品され、デジタルアワード賞を受賞。その他の監督作にクライムミステリー『ブラック・キス』(2006年)、『星くず兄弟の新たなる伝説』(2018年)など。劇場アニメ『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』(2005年)も監督している。
(C)2019 『ばるぼら』製作委員会
(長野辰次)
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