<みんな慶応?>現代日本の新貴族層を描く「あのこは貴族」
メディアゴン / 2017年4月20日 7時30分
保科省吾[コラムニスト]
* * *
小説で、しかも女性作家が書いた、女性が主人公のものを読むのは何年ぶりだろう。好きなジャンルではないのだ。おもしろい目に遭ったこともない。思い返せば、群ようこの「かもめ食堂」(2006)以来のようにも思う。
11年ぶりに読んだ女性作家が書いた女性が主人公の書名は「あのこは貴族」(山内マリコ・集英社)だ。
この小説を紹介するには物語の中心をなす3人の人物設定を紹介するのが最適である。榛原華子・27歳。(おそらく、聖心女子大学卒業)実家は渋谷区松濤。父親は同地でリハビリ施設も併設した整形外科医院の院長。
祖父は測量会社を創業。一代で大会社に。長姉・香津子、夫の真は商社マン。息子・晃太は慶應義塾高校生。次姉・麻友子、聖マリアンナ医大卒。赤坂で美容皮膚科医。バツイチ。ほんとうの軽井沢に普通の別荘あり。
時岡美紀・32歳。慶應義塾大学入学。地元有数の進学校から同大文学部へ進学したのは彼女と友人のたった2人。実家は(静岡あたりから、在来線で一時間はかかる田舎町)父親はもと漁師。漁師では食っていけなくなったので会社勤めに。
母親は水産加工会社パートからホームセンターレジ係。弟は高卒で地元で就職。愛車は真っ赤なマツダロードスター。慶應に(外部生として)進学するも、父が失職したため学費稼ぎに居酒屋バイト。その後は高時給を求め会員制倶楽部ホステスに。(おそらく学費未納で)慶應を除籍に。
青木浩一郎・32歳。幼稚舎から慶応(いわゆる内部生)。慶應義塾大学卒業後、東京大学法科大学院を経て弁護士。実家は港区の神谷町。父親は倉庫会社社長。叔父は衆議院議員。ほんとうの軽井沢に広大な別荘あり。
【参考】<『文藝芸人』を読む>岡村隆史が目指したのは西川きよしだった?
この人物設定があれば、後は、自然に物語は読者の想像を少しだけ裏切る範囲で進行して行く。貶しているのではない。褒めている。まるでNHKの朝ドラマを毎日見たくなるのと同じ構造で、話が展開していくので、すいすい読める。
通勤通学の電車のなかで読むのに都合の良い軽さである。文学的深みは全くないが、むしろ意図して排除されている気もするが、そこが、嫌みのない読後感を生む。
榛原華子の属する階層が、この小説の題名「あのこは貴族」が提示するところの現代日本の新貴族層である。少なくても三代前、つまり戦前から東京の、新しい山の手に土地を持つ。
登場人物たちが動き回る場所設定は具体的である。軽井沢、万平ホテル。日比谷、帝国ホテル。虎ノ門、ホテルオークラ。恵比須、ウェスティンホテル東京。目白、ホテル椿山荘。六本木、グランドハイアット東京。
有効な小道具として使われるのがアフタヌーンティー。発祥は英国の上流階級の文化であり、紅茶と共に軽食やスイーツが供される。英国のアフタヌーンティーは社交の場だが、日本のアフタヌーンティーは新貴族層のお休みどころである。
時代設定は、現代。2000年初め頃の話が、登場人物の回想として挿入される。
人は世代論がすきであるが、この小説を読むと、世代論は無意味に平行移動しているだけなのだ、ということにも気づかされたりする。
慶応大学などをのぞいて、大学の具体名は書き込まれない。榛原華子の出身大学は東洋英和でも、フェリスでも、学習院でも。青山学院でもよい。そこが読者層を広げるのに寄与する。
時岡美紀の出身地は漁師町であるが、それはただの記号であって、日本中どこの田舎でも、シャッター商店街があり、郊外型ショッピングモールがあることで住む者の人生が完結するようになってしまった田舎町なら、どこにでも読み替えられる。
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