<タモリは「日本一金持ちの小市民」>なぜタモリは今もテレビで重用されるのか
メディアゴン / 2015年5月14日 7時0分
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
* * *
「タモリは日本一の素人芸」
こう評したのはビートたけしである。これは、自分がタモリとは全く違った芸能の世界を志向していると言うことも含んだ、たけし一流のユーモアである。
たけしの評をジッと睨んでいて筆者はこのタモリ評に物足りなさを感じた。一面は確かにそうだろう。そしてひらめいたのが、筆者による次のタモリ評である。
「タモリは日本一金持ちの小市民」
「SWITCH」の5月号はタモリ特集であった。その中にタモリの発言が載っている。
「ジャズというジャンルはない。ジャズな人がいるだけだ」
「音楽やんなくてもジャズな人がいる」
「ジャズをやっている人で、ジャズじゃない人がいる」
これは、自分が「ジャズな人」であると規定した上で、「ジャズでない人」は認めたくない、というタモリの気分を表現したものだろうと思われる。では、「ジャズな人」とは、どんな人のことだろう。そしてタモリは、ほんとうに「ジャズな人」なのだろうか。
ちょっと歴史を振り返ることにする。1965年(昭和40年)、福岡から上京したタモリは早稲田大学の夜学、第二文学部西洋哲学専修に入学した。福岡から上京して早稲田というと我々の世代は直ちに五木寛之の「青春の門」を思い出す。この小説にあこがれて早稲田を目指した人も多いが、小説の苦学ぶりは明らかに「ジャズではない」。
タモリは直ちに愛用のトランペットを持って、ハイソサエティ・オーケストラに入部した。ところが先輩の前で吹いてみたところ、その技術は未熟で、それよりも注目されたのは司会術だった。
略称ハイソ。ハイソサエティ・オーケストラは、ジャズのビッグバンドであり、学生バンドながら、本来はプロが務めるはずのホテルの社交ダンスパーティなどでも演奏する実力派であった。
タモリに遅れること8年、筆者も早稲田大学第一文学部に入って、直ちに落語研究会に入部した。落語研究会ではハイソともに、早稲田のビッグバンドの頂点を争っていた、略称ニューオリ、ニューオリンズ・ジャズクラブと、落研のメンバーを比較して、自らを貶める自虐ネタが流行していた。
部員A「落研は出囃子で登場します。その点、ニューオリはセントルイス・ブルース・マーチで登場します。で?」
部員一同「そりゃかないませんなあ」
部員B「落研はほらを吹きます。その点、ニューオリはサックスを吹きます。で?」
部員のひとり「そりゃかないませんなあ」
笑いを取るのはネタの部分ではなく、一同声を揃えて言う「そりゃかないませんなあ」あるいは、ひとりが奇妙な節回しで言う「そりゃかないませんなあ」のところである。
ここで比較されるニューオリよりも、タモリのハイソは、ハイソであるという位置づけだった。
落語研究会ではやはり「落語な人」が尊敬されていた。語られたのは古今亭志ん生。あまりの忙しさに、高座にあがったとたん眠ってしまった志ん生に客から声が飛ぶ「志ん生、ゆっくり休みな」。落語研究会では落語な人が理想である。
放送作家になって、しばらく赤塚不二夫や青島幸男のグループに親しくさせてもらった。タモリは赤塚不二夫の家に居候していた。
赤塚と一日中つきあうことになって同行すると、赤塚は近所のアパートのガラス窓に向かって小石を投げる。ガチャンと音がして人が顔を出すと赤塚は「遊びましょ」と声をかける。赤塚さんは「マンガな人」だった。
その夜、タモリの初期の芸を見せてもらった。マルセ太郎ばりのイグアナの形態模写、藤村有広のインチキ外国語に政治性を加味した4カ国麻雀、最も感心したのは寺山修司の思想物まねだった、これは誰もやったことのない芸だ。タモリは赤塚の求めるまま、次々と芸を披露する。
僕がこの時感じたのはタモリが「子分肌」(ⓒナンシー関)であることだった。「ジャズな人」ではない。
今まで、登場したのは、
・「ジャズな人」
・「落語な人」
・「マンガな人」
である、こうした分類は他にも考えられるだろう。
・「演歌な人」
大雪で、受験に間に合わない女子中学生を運ぶために行く先を変更してまで、高校までトラックを走らせた運転手。転席では、菅原文太の「一番星ブルース」が鳴り響いていたのではないか。ちなみに演歌は明治に始まったもので「演歌は日本人の心」というのは間違いである。
・「ロックな人」
忌野清志郎「ぼくの好きな先生」。X-JAPANがレコード大賞に出たときに「この喜びを誰に伝えたいですか」と聞かれ「お母さん」とマジで答えた。この人たちは「ロックな人」ではないと筆者は思った。
・「軍艦マーチな人」
論評しない。
・「流行歌な人」
桑田圭佑がやる「ひとり紅白歌合戦」松任谷由実の「恋愛ソング」。
・「アイドルな人」
松田聖子。言を俟たないだろう。
・「マネタイズな人」
AKBの運営者たち。
「コメディアンな人」「しゃべりな人」「芸術な人」「自分が一番な人」・・・。このあたりにしておこう。
で、タモリは「ジャズな人」かどうかである。そのためには「ジャズな人」を定義しておかなければならないが、これは要するに雰囲気だ、定義は出来ない。
タモリとは、何回か仕事をした。タモリのことで知っていることだけを記しておく。
タモリは、テレビの企画に対してものすごく従順である。通常、俺はやりたくないなどの発言があるものだが、タモリはない。企画が優れているとタモリはその企画意図を誰よりも理解してやってくれるので、それは制作者の意図通り面白くなる。
ところが企画が貧困だと、そのままやるので、最低のものになる。関西の芸人なら企画が面白くない場合、企画とは全く違う方向に持って行ってでも「笑い取るまで板(舞台)を、降りない」。そういう明石家さんまのような熱意はタモリにはない。これは「ジャズな人」の気がする。
「笑っていいとも」で、有名人が、自分が使っていたり気に入っている商品名を言ったりするとスポンサーが送ってくれると言うことがあった。しばらく続いたがタモリはおもしろがっていた。これは「ジャズな人」ではない。
おなじく「笑っていいとも」で出産間近の女性タレントにタモリが女性の秘所の画を描いて安産のお守りとして渡していた時期があった。この下ネタは「ジャズな人」の気がする。
ランキングで嫌いな芸能人、好きな芸能人どちらもタモリは上位に入らない、あるいはランクインさえしない。これは「ジャズな人」の気がする。
私生活は語らない、舞台をやったりはしない、映画の監督にも意欲はない、役者もやらない、小説も書かない、論を述べない、政治的ではない、飲食店もやらない。トランペットは吹く。これらは「ジャズな人」の気がする。
これらを総合するとタモリはNHKでは非常に使いやすいタレントと言うことになるだろう。これは「ジャズな人」ではない。
ここまで考えて筆者はタモリを「ジャズな人」か「ジャズでない人」かで、分類するのは、お門違いではないかと思うに至ったのである。そうして思いついたのが
「タモリは日本一金持ちの小市民な人」
なのである。これは日本に一人しか居ないので、タモリは貴重なのである。
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