写植機誕生物語 〈石井茂吉と森澤信夫〉 第49回 【茂吉】文字と文字盤(5) 茂吉と助手
マイナビニュース / 2024年9月10日 12時0分
〈いま考えて、何畳あったのかなと思いますが、おそらく六畳、あるいは四畳半だったかもしれませんね〉[注6]
大久保はふりかえる。
研究所といっても、大久保たちが入るまではだれも所員がいなかった (すでにレンズ計算が終わっていたので、以前2階に住んでいたレンズ助手の柴田 〈本連載第34回参照〉はいなかったのだろう) 。大久保と、おなじく府立工芸の専科を卒業した山下 (旧姓 牛尾) 脩一のふたりが窓際に机をふたつ並べて座り、そのうしろに茂吉が座ったが、それだけで立錐の余地なしというほどせまい部屋だった。
大久保と山下は、新聞紙の大きさのガラス板に、拡大した活字を貼った。築地活版12ポイント活字を4倍に拡大し、48ポイントの大きさにしたものだ。
〈そのくらい大きくしますと、画線があらびてエッジがぼろぼろになってしまうわけです。それを一字一字、修正していく、それが私らの仕事なのです〉[注7]
文字を拡大撮影し青写真 [注8] にして墨入れをするという作業は、大久保たちはおこなわず、湿板写真法でポジにし、膜をはがして裏返しにした状態で、削るところを削って修整した。1日に20字できればいいほうだったという。大久保が明朝体、牛尾がゴシック体を描いていた。それを縮小して、文字盤にする。茂吉は、大久保たちとおなじように文字を描いたり、原字を文字盤のサイズに縮小し、カナダバルサム (接着剤) でもう1枚のガラス板にはさんで文字盤をつくる仕事をしていた。
○試行錯誤を重ねて
研究所からおよそ100メートルほど離れた荒川の土手っぷちに、写真植字機をつくる工場があり、森澤信夫を工場長格として、その下に阿部木、伊沢といったベテランと、鶴田、江口という大久保たちと同年代の4人の工員がいた。当時の写真植字機はレンズにいたるまで手づくりで、精度を高めるために何度も試行錯誤を繰り返していた。
大久保と山下は昼休みになると工場に遊びに行き、庭でキャッチボールやピンポンに興じたり、夏には荒川で泳いだりした。〈思えばあのころの荒川はまだ泳げるくらいきれいだった〉[注9]
大久保は、1932年 (昭和7) 春に第4回発明博覧会に写真植字機が出品されたときにはすでに在籍しておらず、仕事の内容としても〈正確には覚えていないんですが、当時は、ただ、文字を修正して奇麗にするということだけ (後略)〉[注10] だったというから、作業内容的には第二弾文字盤の「実用第1号機文字盤 (仮作明朝体) 」と一致する。しかし在籍時期は、第三弾の「明朝体」の原字に着手していたころのはずだ。
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