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変革の軌跡~NECが歩んだ125年 第5回 通信技術の飛躍 - 戦後日本を支え、衛星が宇宙へ上がり、日本を守る企業へ

マイナビニュース / 2024年11月19日 12時0分

さらに、NECは、1963年には、世界で初めて全固体化(半導体化)マイクロ波通信回線の実用化に成功。固体化マイクロ波通信装置は、電電公社や運輸省航空局、日本国有鉄道(国鉄)、電力会社などに導入されたほか、輸出事業においても主力製品になっていった。NECは、この分野でも他社の追随を許さぬ地位を確立することになったのだ。

さらに、NECのマイクロ波通信技術は、人工衛星を介して通信を行う衛星通信技術へと発展した。

衛星通信分野においては、1963年11月に、日本初の衛星通信地球局として、国際電信電話(現在のKDDI)が開設した茨城宇宙通信実験所に、NECは独自開発の高感度受信装置を納入した。これが、NECの衛星通信分野への第一歩となる。

この受信装置は、同月23日に行われたリレー衛星1号を通じた日米間初のテレビ中継の実験の成功に貢献した。しかも、この日(米国時間の22日)は米大統領のジョン・F・ケネディ氏の暗殺事件と重なり、米大統領の死を告げるという衝撃的なニュースが、実験放送を通じて、米国と同じタイミングで、日本全国にも放映されたのである。

NECは、1964年には、送信装置を茨城宇宙通信実験所に納入。日本から米国ヘのテレビ番組の送信にも成功した。
世界トップの衛星通信技術、発端はたった4人の若手技術者

さらに、大きな注目を集めたのが、1964年10月に開催された東京オリンピックにおけるテレビの国際衛星中継である。

郵政省電波研究所は、NASAの科学衛星(ATS)を使った各種実験を行なうため、東京オリンピックの開催5カ月前となる1964年5月に、鹿島実験局を建設。NECは、出力10kWの送信装置や、直径10mのカセグレンアンテナ(衛星通信用パラボラアンテナ)、駆動装置、監視設備、衛星を捉えるために複雑な計算を行うコンピュータなどを納入。世界初の静止衛星となったヒューズ製シンコム3号を経由して、東京オリンピックの映像を、欧米各国に中継し、オリンピックの感動をリアルタイムに伝えた。この成功は、NECの衛星通信技術の優秀さを世界に示すとともに、海外からも衛星通信機器の受注を数多く獲得するきっかけとなった。

NECの衛星通信技術は世界140カ国で利用され、衛星通信地球局のシェアは約50%。海事衛星用海岸局に限ると60%以上のシェアを持っている。この分野では世界1位の地位を築いている事業なのだ。

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