報道の裏事情 - ふるまい よしこ 中国 風見鶏便り
ニューズウィーク日本版 / 2013年10月31日 16時31分
そんな、さまざまな事情が透けて見える事件だけに、これを簡単に「有償中傷報道事件」で切り取ってしまっては、中国が抱える複雑な事情は永遠に日本には伝わらず、当然永遠に理解されることはない。実際にカネが絡む中傷記事は社会で大きな問題を引き起こしている。だが、一方で「新聞民工」と自嘲するほど記者たちの給料は驚くほど安く、1本いくらのコミッションで暮らしている状態だ。企業の宣伝目的の記者会見でも、ほぼ必ずといっていいほど「紅袋」と呼ばれるご祝儀が手渡される。そんな土壌にあるカネへの無頓着さに、ジャーナリズムのあるべき姿を真剣に案じている人たちは頭を抱えている。
「まぁ、でもウラにどんな事情があれ、記者がお金をもらって意図的に中傷記事を書くなんてことはあっちゃいけないでしょ」。たぶん日本ならこうした声が主流を占めるはずだ。そしてわたしもそれに同意する。記事の内容を金銭あるいはその他の利益が関わる取引の手段にしてはならない。それはタイアップ記事ならともかく、「報道」の場であってはならないことだからだ。
だが、翻って日本のメディアは報道の上で本当に「カネ」と無関係でいるのだろうか?
『新快報』のトップ記事「請放人」が話題をさらっていたのとほぼ同じ頃、日本の食品メーカー「明治」が中国の粉ミルク市場からの撤退を明らかにし、日本メディアはこぞってそれを報じていた。だが、どの記事も撤退の理由として福島第一原発事故の影響による売上減をあげていた。さらには「反日デモの影響で」と書いたメディアもある。
そのニュースを読んだ日本人のほとんどは、「日本のトップメーカー、明治が原発事故(あるいは反日ムード)の煽りを受けて売上激減、撤退に追い込まれた」と理解していた。実際には明治の中国向け粉ミルクは日本産ではなくオーストラリア産なのに、中国人消費者の原発事故にまつわる誤解、そして反日ムードがその売上を大きく落とした――わたしも記事を読んでそういう印象を受けたし、多くの人たちの認識もそうだった。
だが、意外なことにこの明治粉ミルクの撤退については、中国メディア、特に経済系メディアが次々と日本メディアよりも多い文字数で報道している。中国語は日本語と比べて、文字数が同じ場合含まれる情報量は日本語の約2倍、あるいはもっと多い。そしてその文字数がすでに日本語報道のそれを上回っているなら、その情報量の多さは言わずもがなだ。それくらい、中国経済メディアは明治の中国粉ミルク市場撤退について詳しい報道を行っている。
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