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東莞、東莞 - ふるまい よしこ 中国 風見鶏便り

ニューズウィーク日本版 / 2014年2月13日 7時0分

 この「東莞型サービス」とは、地の利、人の利を利用して香港、台湾、日本、そしてタイなどで風俗サービス業の管理手段を学んだもので、「日本の成人映画」を基礎に「タイ式マッサージを組み込み、さらに中国医学のツボ原理を持ち込み、また香港式の発展したサービスなのだそうだ。それが今や東莞に「性の都」という呼び名をもたらし、さらにはそのサービスは「ISO合格基準」とまで言われ、実際に中国各地の性風俗産業のお手本にすらなっているという。

 その東莞が「性の都」となったのは、その他にも理由がいくつか理由がある。

 ひとつは行政区画面における利便性。中国では一般に地方では、市―県―鎮などと細分化され、そのそれぞれで政治資源が決まっているのだが、もとは県だった東莞は1985年に「市」に昇格、だがその傘下には「県」を持たず、直接「鎮」が続く構造になっている。「鎮」は日本的に言えば「町」である。市が直接町を管理するという、伝統的な行政区画を簡素化した作りは、広東省では他にも中山市や珠海市などでも見られ、行政手順も簡易化することによってこれらの市政府が主導し、香港や海外からの投資を引き込むことを目的としたものだったのは明らかだ。

 そして投資が行われ、作られた工場には多くの働き手たちが地方から集まってきた。広東省といえば、もともと香港に近いため、中国国内でも華やかで開放的なイメージがある地域だ。そこで働こうと1990年代から続々と若い働き手が集まり、大工業地帯が出来上がった。珠江三角州と呼ばれるこれらの地域は中国が現代工業化する中で、重要なお手本にした地域としてもよく知られている。当時香港に住んでいたわたしもこういう位置づけの「東莞」の話はよく耳にしたし、東莞という地名を聞くと、いまだにそんな外国企業の下請け工場が立ち並ぶイメージが浮かぶ。

 そこから出入りする人たちのためにホテルや娯楽業が生まれる。海外からの投資家たちの多くは家族を地元において単身赴任でやって来た人がほとんどだったし、もともと投資を元に出来上がった町では、中国の他都市と違って国営よりも外資や民営事業が広く歓迎された。政府の管理も緩く、自由な雰囲気があったこともこうした事業が大きく育つ背景となった。その結果、2009年の香港メディア報道によると、当時東莞で性風俗産業に関わっている人は約50万から80万人という規模にまで膨れ上がったという。

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