文革に翻弄された私の少年時代
ニューズウィーク日本版 / 2015年9月3日 17時15分
混乱しながらも、それなりに平和だった私の人生は、文革が始まってから5年後の1971年に大きく変わる。
抗日戦争(日中戦争)当時の共産党軍の有名な将軍で、毛沢東の後継者だった林彪(りんぴょう)がクーデター未遂事件を起こして逃亡、乗っていた飛行機がモンゴルで墜落した。この影響で父は突然逮捕され、大勢が参加した大批判集会「万人大会」で土下座させられることになったのだ。造反派ナンバー3として肩で風を切っていた男にとって、これ以上ない屈辱だ。
父は「再教育」と称して監獄に送られ、当時会社勤めをしていた母も「学習班」の名目で一時拘束された。家の門には「打倒 現行反革命分子 李正平」と書かれた壁新聞がでかでかと貼られ、しかも、父の名前の上には大きなバツ印が書かれていた。家の前に置いてあった水汲み用の甕には、通りかかったいじめっ子たちがツバを吐いていき、私も、文房具を盗まれるなどの嫌がらせを受けた。
文革当時、中国は隣国ソ連と深刻な対立に陥り、われわれ庶民はいつ戦争になってもおかしくないという危機感をもっていた。各家庭にもソ連の侵攻に備えて「乾糧(保存食)」が配布されたが、反革命分子のわが家の分は当然なかった。外に出るのがいやで、太陽を避けるように暮らしていたものだ。
何より、父と母が同時にいなくなり、残された子供たちだけで暮らしていかなければならなかった。
当時、一番上の兄は20歳になっていて、すでに就職して遠く離れた会社に通っていた。姉は農村に下放され、家に残ったのは4つ上の兄と、当時小学校4年生(10歳)の私、そして1歳下の妹。一番上の兄が夕方、郊外にある会社から必死に自転車をこいで帰ってくるが、昼間は幼い3人だけで過ごさなければならない。
間もなく母は釈放されたが、"犯罪人"の一家に支払われる給料はない。家にお金はほとんどなく、コメがないときはイモを食べた。今も鮮明に覚えているのは、せっかく炊き上げたご飯を、すべて土間にぶちまけてしまったこと。土で真っ黒になったご飯を泣きながら洗って食べたのは、文字どおり苦い思い出だ。
とにかく、家にお金がないことがつらかった。新しい服など買ってもらえず、いつも兄や姉のお下がりばかりを着ていた。
そんなつらい暮らしのなかで、私が歌ったり踊ったりする様子は、父が連行されて泣いてばかりだった母にとって、これ以上ない癒しになっていたようだ。喜ぶ母の様子を見たことも、私がのちに歌舞団でダンサーをめざす動機になった。
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