『海よりもまだ深く』是枝裕和監督に聞く
ニューズウィーク日本版 / 2016年5月17日 16時20分
阿部さんじゃないですかね。阿部さんと一緒に考えていたのは、「こんな人がそばにいたら嫌だ」と思われても、「もう見たくない」とは思われないようにしようということ。もう見たくないと思われたらダメだから、そのぎりぎりのところが重要だった。
彼が真木さんの膝を触る場面で、僕は脚本に「足首に触る」と書いた。そうしたら阿部さんはずっと「足首かぁ」と悩んでいた。「真木さんは小柄で、体の大きい僕が足首を触ったらかなり威圧的に見える......監督、足首じゃなくてもいいですか」と。膝のほうが笑えたね、たぶん。足首をつかんだら、キャラクター的に少し強く出たかもしれない。
――良多の入浴場面に驚いたが、あの旧式の風呂は実際に残っているのか。
残っていない。団地は空き室になると、まず風呂と水回りを新しくするから。
――それをわざわざ旧式のものにしたのは?
良多たちが泊まるとなったとき、母親が「じゃあ、お風呂沸かそう」って急に元気になる。リビングから風呂場に行って、ガスを点火するんだけど、そのときの「ガチャコン、ガチャコン」ってハンドルを回す音がほしかったの。
僕自身があの音を聞いて、母親が嬉しそうだと思った記憶があるわけ。久し振りに実家に帰って風呂に入る、つまり泊まっていくことを母親が喜んでいる。自分にとってはそういう音。だからどうしてもあの音を撮りたかった。
――自分が暮らした旭が丘団地で撮ることが大前提だった? 母親が暮らしているのが団地ではなく一戸建てだったらかなり違う雰囲気になったと思うが、団地の「場所性」が物語に与えた影響は?
出身地で撮ることになったのはたまたまなんです。いま東京近郊で撮影許可が出る団地は1つしかない。(映画やドラマで通常使われているのは)ほとんど同じ団地ですよ。みんなが使う団地は嫌だからほかを探したが、許可が出なくて。旭が丘団地には、「監督が出身だからどうしても撮りたい」と頼み込んでもらった。
原武史さんの『滝山コミューン一九七四』と『レッドアローとスターハウス』には、僕が育った西武線沿線と団地の風景というものにどういう歴史的意味や価値があるのかとか、それが東急とどういう対比で生まれて、どう失敗していくのかが書かれている。それを読んだとき、自分の10代、20代はこうやって語れるんだとすごく嬉しかった。だから、いつか西武線を撮りたかったの。西武も団地と同じくらい撮影許可が出ない電車で、今回ようやく出た。
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