『海よりもまだ深く』是枝裕和監督に聞く
ニューズウィーク日本版 / 2016年5月17日 16時20分
旭が丘団地は西武線の駅から、西武バスに乗っていく。駅から遠いから住民が入れ替わらない。駅前だと人の入れ替わりが多くて建て替えなどの新陳代謝が起きるけど、バスに乗ってあそこまで行くと老人だけなんだよね。
ちょうど団地も50歳だし、主人公も50に手が届くところまで来ている。「思ったところにたどりつかなかった」という主人公の思いを団地に重ねる、なりたかった大人になれなかったものとして団地を描いたということはある。
【参考記事】『オマールの壁』主演アダム・バクリに聞く
――阿部さんが「良多」を演じるのは3作目で、『そして父になる』で福山雅治が演じた主人公の名前も良多。トリュフォーの「アントワーヌ・ドワネル」シリーズのように、主人公を1つの流れでとらえているのか。
単に面倒くさかっただけ(笑)。高校のバレー部の後輩に矢野良多くんというのがいて、彼の名前なの。「良いことが多い」っていい名前だと思っていて、『歩いても 歩いても』で使ったらしっくりきた。名前を考えるのって面倒くさいというか、凝った名前を考えたりするのはなんだか恥ずかしい。
『歩いても 歩いても』は自伝とは言わないけど、亡くなった母親との思い出で書いている部分が大きい。それと同じように自分の経験から立ち上げた作品は「良多」で書き始めちゃう。だから、今回の仏壇を掃除している男は良多なんです。
――キャリアの始まりはテレビのドキュメンタリー番組だが、またドキュメンタリーに戻る可能性は。
両方やれるなら両方やっていきたいと思っています。赤ちゃんポストの問題など調べていることはあるが、今はフィクションのための材料集めになっている。劇映画を撮れる状況にあるので、そちらに比重が傾いている。でも、精神的に健全でいるには両方やったほうがいい。
――自分の中でのバランスという意味で?
うん。予算的な問題を除けば、フィクションの現場って思うようにならないことが少ない。みんな自分のために動いてくれるから。ドキュメンタリーを撮るときのように、自分の思い通りにならない現場に立って、どうしようって考える必要がある。そういう状況がなくなっていくと、硬直化する気がする。監督がいちばん偉い現場じゃない方がいい瞬間がある。
――監督をしていなかったら偏屈になったというが、基本的には優しい人間なのでは?
優しくない。
【参考記事】カトリック教会に盾突いた記者魂
――以前にインタビューしたとき、高校時代の先生と卒業後に手紙のやり取りをしていたという話があった。何か事情があってのこととだろうが。
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