いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く2(イースターのハイチ)
ニューズウィーク日本版 / 2016年5月31日 15時0分
無線
ベスト姿のドライバーの方へ近づき、あとをついていくと、やはり白い車体に赤い文字の入ったトヨタの四駆が待っていた。名を名乗りあいながら後部の砂だらけの荷物置き場にキャリーバッグを放り投げ、座席に座って言われるままシートベルトを締めると、ドライバーは無線の送受話器を取って自分の名前を言い、イロコ、セイコーと我々の名を伝えた。谷口さんは下の名がヒロコなのだが、そこがHを発音しないフランス語圏であることがよくわかった。
発進する車の中で、そのイロコさんが教えてくれたところによると、帰国までの間、我々は各地点で同様の四駆を乗り継ぎ、乗車時と降車時には必ずセンターに名前を伝えなければならなかった。どこに今、誰がいるかは絶対に把握されている必要があり、それは安全確保と同時に、緊急時に誰が先に駆けつけられるかの指示のためであった。
さらに、あとでわかったことだが、行き先の名はすべてコードネームになっていて、盗聴に備えられていた。したがって我々がその3月24日木曜日の早朝に空港から向かった「OCAのハイチ・コーディネーション・オフィス」は、例えば「木漏れ日の別荘」などと呼ばれているわけなのだ(実際はいちいちもっと洒落ていてちょっとシビれるほどなのだが、ここでコードネームを明かすわけにもいかないし、そのセンスを伝えるのも解読を助けてしまう以上よろしくない。残念だ)。
さて、壁にペンキで塗られたフランス語だらけの町並みを四駆が行き、アスファルトのひび割れたゴミだらけの道路脇に座ったおばあさんが果物やサトウキビや紐で縛った十数羽の生きたニワトリなどを売っている様子を眺め、ちょうど選挙運動期間中なのか終わったばかりなのか解像度の悪いポスターが所狭しと貼られている中を30分ほど行く間に、ついさっき書いた「OCA」という単語を説明しておこう。それはMSF全体を理解する助けになるだろうから。現に俺自身、ガタガタ揺れる車内で谷口さんからレクチャーを受けたのだ。
『国境なき医師団』には現在、各国に28の事務局があり、その中には日本事務局も含まれている。そうした様々な地域でのプログラムを5つのOC、すなわちオペレーション・センターが企画、運営している。
OCP、パリ(フランス)
OCB、ブリュッセル(ベルギー)
OCA、アムステルダム(オランダ)
OCG、ジュネーヴ(スイス)
OCBA、バルセロナ(スペイン)
以上、5つ。
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