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いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く3 (ポール校長の授業)

ニューズウィーク日本版 / 2016年6月7日 15時30分

 しかし、セイコー。
 いや、ここには帰国後にそこそこの勉強をした俺の言葉も十二分に混じっているのだから、そろそろ正直に、読者諸君!と呼びかけよう。

 読者諸君!

 ハイチで奴隷であった黒人、そして現地の白人との間に生まれた混血ムラートが1802年に団結をするのだ。ナポレオンの反革命がかえって彼らを奮起させてしまうのである。歴史の狡知、とヘーゲルなら言うかもしれない。

 そしてハイチ革命軍は"驚くべきことに"連戦連勝、翌年には早くもフランス軍を完全敗北させ、さらに次の1804年、総司令官デサリーヌらが「フランス支配のもとで生きるより死を選ぶことを、未来の人々と世界に誓う」と血のたぎるような独立宣言を行う。

 だが、ハイチは他国から独立を認めてもらえなかった。
 そして世界最初の独立宣言をしたアメリカからの無視(彼らはハイチの影響によって完全な奴隷解放が行われるのを恐れたのだった)、元宗主国フランスの「独立を認めるから多額の賠償金を払え」という法外な要求などにより、苦難の歴史をたどるのである。

 貧困が常に彼らを襲う。コーヒーや砂糖作りというかつての産業は、宗主国たちが奴隷貿易を介して作り上げたものだから。そして建国直後に払わされた賠償金を返すために、彼らはさらに借金をさせられたから。

 その上、ハイチの政治も安定しない。
 21世紀になっても大統領選をめぐって反政府勢力が蜂起し、不正選挙だと言って世界銀行が援助を停止し、アメリカ軍が駐留し、国連派遣団が入り、あるいは2004年には森林伐採の影響もあってハリケーンで2000人の死者を出した。治安は悪化した。

 権力はムラートに集中し、支配下に置かれた黒人の間にはしかし、誰の言うことも聞かない誇り高い伝統が存在し続けている。それがハイチだということになる。
 そういうすべてを経た上で、読者諸君。
 ここで語り手をポール一人に譲ろう。

 「2010年に大地震が起きたんだよ」

 このような視点で援助を考えるリーダーがいることに、俺は目が開かれる思いがし、すっかり感じ入ってしまった。

 地震以後、「写真を撮り、あれこれ約束し、結果何もしない」者たちに対してハイチ人がいら立つ、その怒りの根本を理解しなければ、彼らを本当に救援することが出来ない。

 ポールの言っていたことが、授業の後の俺にはよくわかった。
本来、ハイチは尊敬されるべきなのだった。
全世界から。

モハマド、マタン、マリーン

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