いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く3 (ポール校長の授業)
ニューズウィーク日本版 / 2016年6月7日 15時30分
もといたソファに戻ると、ロジスティック(物資調達管理部門)・コーディネーターのモハメド・アリ・オマールと、サプライ・マネージャー(供給部門)のマタン・ムティマがいた。前者はスーダンから、後者はコンゴ民主共和国から来たスタッフだ。もちろんアフリカ人である。
彼らは屋敷の外の気持ちのいいテーブルへ我々を導き、地図を広げてどの地域の治安が不安定か、季節によって外出禁止地域の時間帯が変わること、最近の誘拐犯の手口についてなどを説明してくれた。説明の一部には「どこなら歩いていいか」というものがあったが、笑ってしまうくらい狭いエリアだけでしかも時間に制限があった。
宿舎にて
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途中、ユーモラスな表情でモハマドが俺の背後を指さした。ガサガサ音がして、枯れ葉の中を大きなトカゲが通るのがわかった。そのトカゲにさえ気をつける必要があるのかと俺は思ったが、毒があるのかとか噛むのかとか確認するのはためらわれた。我ながらナーバスになり過ぎているのではないかと思って。
(危険区域を説明するモハマド。ほとんどすべてのエリアがそうだった)
次に邸内に戻り、フランスから来ているマリーン・バーセットという女性看護師にレクチャーを受けた。主に妊産婦のこと、未熟児のこと、性暴力被害のことなどについてだが、これらに関してはのちのち病院や救援センターを訪ねたレポートを書く予定なので重複を避ける。ともかく、医療コーディネーターを務めるマリーンはハイチの様々な状況を説明しては苦笑し、何度か頭を振った。
「ひどい話」
と言いながら。確かに残酷なデータが多かった。やせ型でめがねをかけ、ノースリーブから出した肩にそばかすが見えているマリーンは少し疲れているように感じられた。
そろそろ宿舎に移動しようということになった。彼女も同じ宿舎で生活しているので、ひとつの四駆に乗っていきましょうと言われた。
帰り支度を始めた彼女に、
「あなたは看護師ですよね? 何をきっかけにMSFに参加したんですか?」
と聞いてみた。
今回、会う人ごとに投げかけようと思っていた質問だった。
すると、マリーンは初めて柔和に、そして恥ずかしげに微笑み、フランス訛りの英語でこう答えた。
「逆よ。MSFに入りたくて看護師になったの」
理解に一瞬時間がかかり、そのあとジーンとシビれてしまった俺をしりめに、マリーンはバッグにすべてを詰め終え、立ち上がって薄暗い部屋から明るみへと出ていった。
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