ロシアの介入はないと無責任な約束をしたドイツ――第一次世界大戦史(2)
ニューズウィーク日本版 / 2016年7月9日 11時3分
オーストリアの強硬派は、ドイツの全面的な支援が得られないことを懸念していたので安堵(あんど)する。都合よくドイツの約束を、行動への督促だとも解釈した。確かにドイツの指導者たちは繰り返し、早急な行動を求めていた。ただ、彼らが考えていたのは、実のところオーストリアとセルビア間の紛争をヨーロッパ戦争に発展させないためであった。ロシア、あるいはその同盟国フランスが、セルビア支援を準備する間を与えず、オーストリアが強硬策を取れば、紛争は「第三次バルカン戦争」程度に局地化できると考えたのである。彼らはヨーロッパ戦争を懸念してはいたが、迅速な行動で紛争は局地化されると都合よく思い込んでいた。その計算に大きな狂いが生じたのは、オーストリア側の反応の遅さのためだった。
オーストリアの最後通牒とグレイ外相の後悔
オーストリア政府は、もともと行動が遅いことに定評があった。それに加えて、ハンガリー首相のティサが強硬策に反対していた。ティサは、セルビアにかかわることで国内にスラヴ民族がさらに増えることを望まなかった。たとえ戦争に勝ったとしても、ただでさえ物騒で厄介な連中をこれまで以上に抱え込んでは、火種が増すだけだと考えたのだ。しかし、ティサは周囲の助言などによって七月一四日に翻意する。
オーストリア政府内の強硬派を代表するのは、経験不足で人物的にも「軽佻浮薄(けいちょうふはく)」と評されたレオポルト・ベルヒトルト外相と、同じように経験不足のフランツ・コンラート=フォン=ヘッツェンドルフ陸軍参謀総長であった。コンラートは、敵が準備を整える前に戦争をしかけるという予防戦争の主唱者であったが、その機会をフェルディナント大公に何度も奪われていた。その障害がなくなったのである。また、妻に先立たれていた彼には大いなる戦功を挙げ、人妻と結婚せんとする個人的な動機もあり、張り切っていた。
七月一九日、オーストリアの指導者らは、セルビアに対する強硬策を決める。彼らは、兵士の多くが農作物を収穫する休暇から戻る日程を考慮した。また二〇日からロシアの首都サンクトペテルブルクを訪れるフランス大統領・首相一行がロシアと会談をしている間に事を起こして両国を刺激しないように、帰路につくタイミングも考えた。そのうえで二三日にセルビアへ最後通牒を突きつけることにした。
最後通牒は、七月二三日木曜日の午後六時にセルビア政府に渡された。それには、セルビア政府がとても承諾できないような条項が幾つか含まれていた。事実上は拒絶させるためのものだった。回答期限は四八時間以内と短い。翌二四日午前には、列強諸国の外交筋にも内容が伝えられた。ドイツだけは特別に二二日に知らされていたが、宰相ベートマンや外相も強硬過ぎると考え、直前に詳細を明かしたベルヒトルトを非難した。
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