ロシアの介入はないと無責任な約束をしたドイツ――第一次世界大戦史(2)
ニューズウィーク日本版 / 2016年7月9日 11時3分
当時のヨーロッパ外交界でもっとも声望を集め、影響力を持っていたイギリス外相エドワード・グレイは、二四日午前に内容を知り、「一国から独立した他国に送られたもの」としては、これまで見たなかで「もっとも恐るべき文書」であると断じた。ただ、グレイはこの段階では、ヨーロッパ全体を巻き込む大戦争になってしまう危険を深刻に認識してはいなかったようだ。外務次官補は、「紛争がエスカレートした場合、イギリスは露仏の側に立つ」とするような警告をドイツへ送り、紛争を抑止すべきと助言した。しかし、グレイは「時期尚早」として聞き入れなかった。
グレイは、この時の判断を亡くなるまで悔やんだとも言われる。イギリスは明確な参戦義務に縛られておらず、本来は調停者として影響力を行使できる立場にあったが、グレイは積極的に動かず、週末の釣り(彼はフライフィッシングで名高い)に出かけてしまう。
その後、二六日の日曜日になり、グレイも同意して、イギリスは事態を収拾するための四ヵ国調停案をドイツに提示した。だが、これは翌日に拒否される。
ロシアの「白紙小切手」
最後通牒を受け取ったセルビア政府の指導者らは、怒りの声を上げた。ただ、選挙遊説から呼び戻されたニコラ・パシッチ首相を始めとして、彼らは戦争を何としても避けたかった。大国オーストリアと単独で戦っても勝ち目はないため、セルビア政府は通牒の全面受諾を考えていた節もある。それが全面受諾より留保つき受諾へとセルビア政府が傾いた理由の一つは、七月二四日にロシアで決まった支援の約束が拡大解釈されたことにある。
七月二四日、ロシア政府は大臣会議を開き、対応策を協議した。この場にツァーは臨席していない。後から考えると、この会議ほど重要なものはなかったかもしれない。会議でセルゲイ・サゾノフ外相は、(事実はそうでなかったが)オーストリアの最後通牒はドイツと共謀して書かれたものだと主張した。そして、スラヴ諸民族の独立を守る「歴史的使命」を放棄するならば、ロシアはすべての権威を失うと訴えた。他にも、反ドイツのタカ派の大臣は、過去に宥和的な措置をとっても独墺を懐柔できなかったことを強調し、独墺の「不当な要求に対してはより強硬で精力的な態度」を取るのが最上の策であると主張した。
この会議では、オーストリアに回答期限の延期を求めることや、セルビアには国境で戦うのではなく軍を国の中央に撤退させるよう助言すること、そしてオーストリアに対応する四軍管区に限って動員をかける「部分動員」の裁可をツァーに求めることなどを決めた。大規模な軍事行動をする前には、兵士を召集し、軍を戦時編成に切り替える「動員」が必要となる。国全体ですべての軍を戦時編制にする場合は「総動員」を行うが、それは控えたのだ。
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