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ゲーム研究の現在――「没入」をめぐる動向

ニューズウィーク日本版 / 2016年7月17日 15時28分

 しかし他方で「どうしてゲームを研究するのか?」という素朴な――そしてときに意地悪な――問いに答えるのはさほど難しくはない。まず分かりやすいところから言えば、ゲーム産業の巨大さである。二〇一五年には世界のゲーム産業の市場規模が、映画産業と音楽産業の合計を上回った、という調査データも出た。ゲーム研究はいわゆる産学連携が比較的やりやすいこともあり、企業やクリエイターとの共同研究も盛んに行われている。そしてその産業の大きさは、ゲームが――それを娯楽と呼ぶにせよ、文化と呼ぶにせよ――われわれの日常生活にすっかりとけ込んでいることの証拠でもある。現在、世界のゲーム市場での売上げの三分の一はスマートフォンやタブレット向けのゲームが占めている。そうしたデバイスの普及によって、われわれは文字通りいつでもどこでもゲームができるようになった。だがその裏返しに、日本では、小中学生がゲームで遊ぶ時間が学業を圧迫していることが深刻な社会問題となってもいる。こうした問題もゲーム研究の大きな課題である。

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 フランス・マユラ
『ゲーム研究入門─―文化の中のゲーム』
 An Introduction to Game Studies
 by Frans Mäyrä (SAGE Publications Ltd, 2008)




 そしてゲームを――遊ぶだけでなく――「研究」するさらなる理由は、現代社会におけるICT(情報通信技術)とHCI(ヒューマン=コンピュータ・インタラクション)の重要性に求められる。感性学にとっては、こちらの方がより興味深い。日本でも欧米でも、ゲームは一般的普及にもっとも成功したICTの事例とされる。ゲームを入口にしてコンピュータの操作やキーボードの入力方法に習熟するケースは昔から多かったが、今やインターネットやSNSの使い方もゲームをしながら覚えていける時代である。またインタラクティヴィティをその本質の一つとするビデオゲームは、自ずと、高度に洗練されたユーザーインターフェイスを育んできた。コンピュータのハードウェアやOSの開発者や設計者が、しばしばゲームのデザインを手本にしてきたのはそのためである。認知工学の創始者ドナルド・アーサー・ノーマン(一九三五-)は、ビデオゲームが実現している「探索しながら段階的に学習できるデザイン」や「プレイヤーが直接行為をしているかのような感覚」を高く評価し、そこに「未来のコンピュータ」の理想を見出した("The Psychology of Everyday Things", 1988:『誰のためのデザイン? 認知科学者のデザイン原論』新曜社、一九九〇年)。ゲームがもたらすUX(ユーザーエクスペリエンス)は、人間と機械のより良い関係を模索する上で大きな鍵となるのだ。

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