ゲーム研究の現在――「没入」をめぐる動向
ニューズウィーク日本版 / 2016年7月17日 15時28分
プレイヤーはゲームが「遊び」であることを忘れ、その経験が「現実」であると信じ込んでいる、という見解を、ケイティ・サレンとエリック・ジマーマン(一九六九-)は「没入の誤謬(immersive fallacy)」と呼んで退ける(『ルールズ・オブ・プレイ』、二〇〇四年)。ゲームや遊びを特徴付けるのは、それが虚構であることを知りながら、それにのめり込む、という一種の「二重意識」に他ならない、と二人は言う。メタ・コミュニケーションの理論(グレゴリー・ベイトソン)や、透明性と超越性を同時に作動させる「リメディエーション」概念(ジェイ・デイヴィッド・ボルターとリチャード・グルーシン)が、その裏付けとされる。「現実の規則」と「虚構の想像」を同時に成立させる「半-現実(Half-Real)」としてビデオゲームを定義するイェスパー・ユール(一九七〇-)も、ゲームプレイヤーが熱中するのはあくまでも「現実世界の活動」であるという考えから、サレンとジマーマンを支持する(『ハーフリアル』、二〇〇五年)。
一方、ゴードン・カジェハ(一九七七-)はこれまでの研究者が「没頭(absorption)としての没入」と「移行(transportation)としての没入」を混同してきたことを批判し、それらを区分する。その上で彼は、一方向的な含意を持つこの語に代わり、「合体(incorporation)」の概念を提唱し、それに基づき、われわれと環境(仮想現実も含む)の間に生じる双方向的浸透の過程を明らかにした(『ゲームの中――没入から合体へ』、二〇一一年)。
またゲームのプレイ経験とゲームへの没入を「多次元的現象」として捉えるラウラ・エルミとフランス・マユラは、知覚的没入、挑戦に基づく没入、想像的没入の三つを独立したタイプとして扱う「SCIモデル」を提唱した(「ゲームプレイ経験の基本要素――没入を分析する」、二〇〇五年)。このモデルは幾つかの修正も経ながら、今日でも多くの研究者によって受け入れられている。例えばヤン=ノエル・トーン(一九八一-)は、第四のタイプとして社会的没入を加えた、四分類のモデルを提起している(「再訪された没入」、二〇〇八年)。
こうした没入をめぐる研究は、ゲームプレイの経験を解明するに留まらず、そこから翻って、読書や映画鑑賞といった旧来型の――従ってインタラクティブではない――メディア経験にもあらためて光をあてる。今日ではゲーム研究の成果が、必ずしもゲームや遊びを研究対象としない認知科学者や社会科学者、教育学者などからも頻繁に参照されるのは、そうした理由による。
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