沖縄の護国神社(1)
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月13日 6時42分
つまり、本論考は研究者がいわゆる参与観察をした学術論文ではない。元ミイラ取りによる現地リポートである。昔の名前で出ているのは、本稿があくまでも筆者個人の理解に基づく論考であって、神社はもちろん加治家を代表する意見でもないことを示している。
神道というマイナー宗教
沖縄で神主が地鎮祭やお祓いに出向くと、「あい! 髪があるねぇ」と驚かれるらしい。タクシーに乗って「奥武山公園の、護国神社」と所在地を強調しないと、波之上の「護国寺」に連れて行かれる。
神主と僧侶、神社と寺の区別は、沖縄ではあまり知られない。ここでは神道も仏教もマイナーな宗教である。
では「沖縄の信仰」は何かといえば、折口信夫が「琉球神道」と呼んだ独特な信仰形態だろう。日本本土の神道の一種とも言われるが、祖先崇拝が非常に強く、神社仏閣のような建造物を重視せず、 御嶽(うたき)や火の神(ひぬかん)を拝み、ノロやユタといったシャーマン的な人々が活動する。このユタが驚くべきことに現在も各地にいて影響力をふるっており、いろいろ奇妙な話も多い。
だからだろうか、現代の感覚では非合理と思えるものへの抵抗感が少なく、「サーダカーな人(霊的な位相の高い人)」や予知夢の存在が当たり前に信じられ、さまざまな新興宗教が支部を構えて栄える。アメリカ占領時代の名残でキリスト教も強く、町に小規模な教会をよく見かける。これら新興の外来信仰が、沖縄の厳格な祖先祭祀から零れ落ちた人を掬い上げる役割を果たしてもいる。
多様で層の厚い宗教文化の地では、内地で圧倒的な存在の仏教や神社神道すらひとつの外来信仰にすぎない。
沖縄に仏教が来たのは十三世紀半ば。補陀落渡海(ふだらくとかい)で流れ着いた禅鑑という僧が伝えたと言われる。補陀落渡海とは南の浄土を目指して小さな箱舟で僧侶を海に流した習慣で、那智勝浦が有名である。筆者も昔、井上靖の小説『補陀落渡海紀』に描かれた僧の懊悩を読んで暗い気持ちになった覚えがあるが、太平洋を渡って沖縄まで着いた舟があったとは史実は小説より奇なり。ちなみに勝浦の補陀落山寺の場合、僧侶を入れた箱の四方に鳥居が四つ立っていたとされる。沖縄の仏教が鳥居を立てて到来したかもしれないとは密かに痛快だ(1)。
やがて十六世紀前半にやはり補陀落渡海で来た日秀という僧が、沖縄で真言宗と熊野信仰とを広めた。その後、次第に寺院の数も増えたが、仏教は国家鎮護を祈る場と捉えられ、広く一般の信仰の対象とはならなかった。現在でも沖縄の寺では、宗派の区別はなく、境内に墓がなく、よって檀家というものもない。観光寺院の類もなくて、道教の寺院のほうが観光客を集める。
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