アイラブユー、神様──『国境なき医師団』を見に行く(ハイチ編11最終回)
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月17日 17時30分
黒い鉄扉を開けてもらって中に入ると、すぐに足の裏に殺菌剤をかけてもらった。イギリスから来たプロジェクト・コーディネーターのスチュアート・ガーマンがそこのリーダーで、俺たちを案内してくれた。ひげを生やし、金色の長髪を後ろでくくっている。
行けども行けどもテントだった。まだコレラ発症の時期でないため、どこにも患者はいなかった。おかげでその間に、衛生的な啓蒙活動に力を入れているそうだ。いったんピークになってしまえば一日60人が駆け込むことになるのだとスチュアートは言った。
簡素な階段を上って、壁のない半野外の空間へ移動した。木材とトタンとビニールで出来ているその場所が、コレラ緊急対策センターのリーダーである彼の事務所だった。あまりの質素さに目を丸くすると、スチュアートは両手を広げて周囲を見回し、
「素晴らしいエアコンだよ」
と言った。熱風が吹いていた。
その砂だらけの床の上の事務机で、若きリーダーはたったひとつのノートブックパソコンに向かい、話の途中でも作業を続けた。
ハイチ全土にコレラはひそんでおり、再び大規模感染が起きれば首都ポルトー・プランスにある国の対策センターだけではとても足りなかった。しかし一時は注目の集まったハイチのコレラに対する国際社会からの義援金は明らかに減り、国や他のNGOは活動がしにくくなっているのが現状なのだそうだ。それでも、自国による対応が可能になるよう、MSFは地方行政や現地NGOへの移行を通して、地域分散型の体制作りをしているというのだった。
また、対策センターではコレラのみならず、他の感染症、干ばつによる栄養失調、建築現場などでの事故にも受け入れを広げていると聞いた。それでも雨季でコレラがピークになれば感染を防ぐため、専門的に隔離していくしかなくなるだろう。
「ハイチでは国民の半分が不潔な水を使い、飲んでいる。それがコレラ発症の大きな原因で、これはつまり国全体の問題だよ」
ミッションがわずか一年だというスチュアートには、焦っても焦りきれない根本的な問題だった。
再び、テントのあちこちをさらにくわしく回ることになった。
静かで落ち着いた敷地の一角に、「Morgue(遺体安置所)」と書かれた小さな一室があった。
再び性暴力被害専門クリニックへ
最後にもう一度、性暴力被害専門クリニックに行った。
午前中は見ることの出来なかった部屋に、俺たちは案内された。
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