アイラブユー、神様──『国境なき医師団』を見に行く(ハイチ編11最終回)
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月17日 17時30分
噴き出た絵の具で一輪の花が描かれていた
被害者がメンタルな診察を受けるその部屋には心理ケア用なのか、絵の具があり、紙があり、描かれた絵があった。人の存在の生々しさを俺は受け取った。
もうひとつの部屋には被害者が目指す人生の目標の図があって、そこに「勇気」「優しさ」「繊細さ」「思いやり」といった言葉がポストイットで貼られていた。
胸が詰まった。そんな単語を被害者が書かねばならないことの重さのようなものに、俺は頭を殴られる心地がした。不条理を許さなければ被害者は生きていけないのだとも思い、加害者の暴力の酷さを味わった。
もう一人の俺もきっとそう考えただろうと、急に思いついた。たとえ時間がどれだけずれていたとしても、変わらない真実はあるのだ。そこで俺は、ハイチ到着から分裂していたリアリティをひとつに出来たと感じた。苦しむ者と苦しめる者がいる確かさが、そして苦しみの近くにいようとする者の存在が俺の頭の中の歯車を元に戻したのだった。
俺はさっきまで被害者との面談で部屋の中にいた現地ソーシャルワーカーのラルフ・トーマス・ブルーノを紹介してもらい、話を聞いた。被害者が自立して暮らせるよう、彼は力を尽くしていた。
「被害者に必要なのは、法律的助力、シェルター、そして経済的自立です。それを常に継続して与えなければならない」
ダンガリーシャツの袖をまくった若いラルフは、俺たちに控えめな様子で説明をした。クリニックが始まってまだ一年、やりがいは十二分にある、とラルフは言った。
しかし谷口さんが後ろから、
「この仕事はお好きですか?」
と聞くと、彼は一瞬下を向き、それから苦笑いをして答えた。
「好きじゃありません。つらい仕事です」
スラムに寄る
さて、長いような短いようなハイチ取材も終わりになり、俺はコーディネーション・オフィスにいったん戻って緊急用の携帯を返し、事務的な手続きをし、ポール校長にも挨拶をしなければならなかった。翌朝、ハイチを発ってマイアミ、LA経由で東京に帰るスケジュールだったからだ。
しかしリシャーがドライバーに何か言い、四駆はオフィスではなく、別の場所に向かい始めた。すでに何度も空港への道路は走っていたから、俺にもそれはすぐにわかった。
やがて、コレラ緊急対策センターのテントと同じ生地の、つまり地震直後に救援物資として運び込まれたものがトタンや木材と組み合わされて並んでいる地区に、車は入った。
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