鍋をかぶった小さなデモ隊──マニラのスラムにて
ニューズウィーク日本版 / 2017年4月27日 17時45分
ジュニーは途中で俺にこう言った。
「ただし色んなバランガイに行っても屋外だから天候に左右される。だからここが必要なんだ。いつでも誰でも来られる」
エマおばさんの話では、そこでは相談とか治療とかだけでなく、例えば俺たちの目の前にある大きなテーブルをどかして、スタッフのトレーニングやら若者への講義やらを行ったりもするそうで、つまり医療の付いた公民館みたいな役割を、いかにもリカーンらしく担っているのだった。
またエマはユーチューブも見せてくれた。カップルが恋愛について話しあう映像で、そうした今風のメディアを教材にして若者をひきつけ、理解を求めるよう努力しているとのことだった。特に彼女たちコミュニティ・ヘルス・モビライザーは13〜19歳という思春期の男女に向けて力を入れて活動しているという話も聞いた。多感な季節に避妊に疎いのは、日本とて同じだ。
やがてジェームスがエマたちに細かい質問を始めた。
インプラントと他の避妊具との使用率のデータはあるかい?
インプラントを望む女性はなぜそれを選ぶんだろう?
現在インプラントを使用している女性がすでに平均何人の子供を持っているかデータはある?
その度にエマたちは資料をひっくり返したり、コンピュータにアクセスしたり、時には残念そうに首を横に振ったりした。
ジェームスは温厚な調子でこう言った。
「フィードバックはとっても重要だと思うんだ。僕もみんなもお互いに色んなデータを知っていた方がいいし、それはバランガイの人たちにも知らせた方がいい」
彼は本当にクレバーな人間で、短い表現でずばりと活動のあるべき方向を示すのだ。
「我々はその上で選択肢を並べてみせることしか出来ないんだと思うよ。なんにせよ強制は絶対によくないことだから」
そう言ってからジェームスは座ったまま巨体をわずかにこちらへよじり、眼鏡越しのくりくりした目を俺の胸あたりに向けて言った。
「この場所に関してはインフラ重視ではなく、どこにでも出かけていけるモバイルクリニックを厚くしているんだ。で、もう一人医師を補充出来れば子宮頸癌のプロジェクトにも着手出来る」
ジュニーが横で大きくうなずいた。
雨音
ジェームスたちがエマからさらに具体的な医療に関する聞き取りを始めたので、俺はよくわからなくなって入り口近くの受付あたりにふらっと戻った。外から強い雨音がした。ドアは半分以上開け放たれていた。プラスチック椅子に若い女性患者が二人来ていて、ともに赤ん坊を抱いていた。電気はつけられておらず、空気は湿気っていた。
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