赤十字の人道支援がアサドを救う
ニューズウィーク日本版 / 2018年4月11日 18時20分
<人道危機が深刻化するシリア・東グータで活動する支援団体が、政権と取引せざるを得ないジレンマ>
夜中、1台の四輪駆動車がコンクリート壁に囲まれたシリア国境の検問所を抜け、レバノンに入った。後部座席にいるのは赤十字国際委員会(ICRC)のペーター・マウラー総裁だ。
シリアの首都ダマスカス近郊の東グータは焦土と化しているが、彼はその地域をほんの数時間前に訪問してきたばかり。いま人道危機が最も深刻化しているこの場所を行き来できる外国人はごくわずかだ。
スイス外務長官の経験があるだけに、マウラーは慎重に言葉を選ぶ。彼は10日間にわたるイラン・イラク・シリア歴訪を終えたところだ。視察についてのインタビューを首都ベイルートへの道中で行った。
「今回は、総裁就任後の6年間で五本の指に入るほどつらい訪問だった」と彼は言う。ナイジェリアからアフガニスタンまで、数多くの修羅場を見てきた人物が言うのだから、相当に悲惨だったのだろう。
シリア政府軍のやり方は2年前に北部アレッポを攻撃したときと同じだ。住民を包囲し、空爆と砲撃で消耗させる。塩素ガスやナパーム弾を使用した疑いもある。住民1万人以上が避難を余儀なくされるなど、政府軍はダマスカス周辺の反政府勢力の一掃に近づいている。
東グータの住民は砲撃を避けるために地下で過ごしているという。人々の健康状態は悪く、増える一方の死体の処理にも苦労している。「会う人、会う人、水はあるかと聞いてくる」。食料どころか、水さえないのだ。
マウラーは日々、難題に直面している。最近も東グータへの医療支援に苦戦した。シリア政府は小麦粉などの食料の定期的な配給は許可しているが、救急箱やインスリンなどの基礎的な医薬品の搬入は妨害する。
マウラーは反政府勢力からの批判とも戦っている。赤十字は組織の原則を捨ててシリア政府と取引し、バシャル・アサド大統領の権力維持に手を貸しているという批判だ。3月18日にアサド自らが運転する車が、短時間だがICRCの車両の後ろについて東グータに入る映像が広まり、批判に拍車が掛かった。
ICRCがアサドを護衛している証拠だと、反政府勢力側は非難した。これに対しICRCは、これは多数の車両がひしめくダマスカスの公道でたまたま近くを走っているところを撮影されたものだと反論。そもそもICRCはその日に東グータで支援活動を行っていないと弁明に追われた。
だがICRCへの批判がやむことはなかった。「犯罪者アサドはグータに入った。負傷してもグータから出られない子供がいるというのに」
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