ロシアの年金制度改革がプーチン人気を潰す
ニューズウィーク日本版 / 2018年9月8日 14時40分
<少子高齢化と長引く経済の低迷でロシアの年金制度は破綻寸前。しかし改革を実行すれば餓死者も出かねない>
2005年秋のこと。前年の選挙で再選を果たしたロシアのウラジーミル・プーチン大統領は国民から寄せられるさまざまな質問に答えるテレビ番組に出演した。番組の終わり近く、中年女性が切実な問いを投げ掛けた。政府は年金の受給開始年齢の引き上げを検討しているというが、大統領はどうお考えか。
これは重要な質問だった。プーチンが00年の就任以来、一貫して高い支持率を誇ってきたのも、1つには退職者にきちんと年金を支給し、老後の生活に対する国民の不安を払拭してきたからだ。前任者のボリス・エリツィンの時代には年金の支給が滞ることは珍しくなかった。
プーチンはテレビカメラを真っすぐ見据えた。「私は退職年齢の引き上げには反対だ」。人さし指を左右に振って、そう言い放つ。「私が大統領である限り、そんな決定は下されない」
それから13年。今も大統領の座にあるプーチンはかつての約束に苦しめられている。プーチン率いる与党「統一ロシア」は6月14日、年金制度の抜本的な改革案を発表した。ロシアの年金受給開始年齢は世界でも例外的に低く、男性は60歳、女性は55歳だが、改革案ではそれぞれ65歳と63歳に段階的に引き上げることになっている。ただし、兵士や警察官など一部の職業は現状のままとする。
ロシア各地で抗議デモが相次ぐなか、プーチンは8月29日、女性の受給開始年齢を当初案の63歳から60歳にする修正案を発表した。世論の猛反発に譲歩した格好だが、この程度の修正で国民の怒りは収まりそうにない。
盤石に見えたプーチン体制も、年金制度改革で最大のピンチを迎えた。これまではロシアと欧米の亀裂が深まることで、かえって国民は一丸となってプーチン体制を支えてきた。だが、そんな「強い指導者」マジックも老後の不安には勝てないようだ。
現行の受給開始年齢はスターリン時代の1930年代に設定され、以後一度も引き上げられていない。年金制度改革は待ったなしだとエコノミストは以前から警告していたが、世論の反発を恐れて、政府はなかなか手を付けようとしなかった。
現行の制度も「手厚い」とは言い難い。平均で月額200ドル相当。年金頼みの高齢者はかつかつの暮らししかできない。
年金事務所の爆破テロ
庶民の怒りに拍車を掛けたのは、改革案発表のタイミングだ。6月14日はサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕日。ロシア中がお祭り騒ぎに沸くなか、まずいニュースをこっそりと発表したのではないかとの臆測も流れた。
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