中国の「監視社会化」を考える(5)──道具的合理性が暴走するとき
ニューズウィーク日本版 / 2019年2月27日 13時26分
さて、この辺でこの連載のまとめに入りたいと思います。これまでの連載では、まず中国社会が西欧とは異なり「公」と「私」の分裂が解消しがたく、市民的公共性の実現が困難だという伝統を抱えているということを指摘しました。そして、近年の中国では「公」と「私」のズレを、利便性を重視したアーキテクチャに人々が自発的に従うことによって解消させる方向に向かいつつあるのではないか、その結果中国社会は次第にお行儀よく、予測可能になっているのではないか、という問題提起を行いました。
ただそのことは、企業や政府がビッグデータに基づいて行う「このように振る舞えばより幸福になりますよ」という提案(ナッジ)やアーキテクチャに対する懐疑、またそのことが人間の尊厳を奪ってしまうことの制限と監視を行うはずの市民社会の基盤を欠いたまま、道具的合理性のみに基づいた統治の技術がどんどん進化していくことの危うさをはらんでいます。中国社会ではすでにそういった「道具的合理性」、それに支えられた「アルゴリズム的公共性」の暴走が現実に起きつつあるのではないか。その最大の象徴が新疆ウイグル自治区における再教育キャンプに象徴されるテュルク系住民に対する自由のはく奪の問題なのではないか。この連載は、そういった問題群についてささやかながら警鐘を鳴らしたつもりです。
ただ、繰り返しになりますが、そういった「道具的合理性の暴走」は中国のような社会主義の一党独裁国家だから起きることで、そうではないわれわれの社会とは無関係なのだ、と考えることはできないでしょう。より便利に快適になりたいという人々の欲望を吸い上げる形で人々が好みや属性に従ってセグメント化・階層化され、お互いに関心を持たなくなることで、階層が固定化される。さらには階層の固定化を社会の安定化のために仕方がないのだ、という現状追認的なイデオロギーで正当化する。これはどの社会でも起きうることだと考えられるからです。
現代の監視社会化について考えることは、つまるところ我々の社会におけるテクノロジーをどう使いこなすかを考えることに他なりません。そして、私たちが肯定するかどうかにかかわらずAIを含むテクノロジーはどんどん進歩していきます。このようにテクノロジーやそれを社会実装したアーキテクチャが人々の行動パターンや、考え方までも大きく変えつつあるからこそ、やはり中国で起きていること、特に新疆ウイグル自治区で起きていることに、私たちは少しずつでもその関心を向けていくべきだと私は考えています。
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