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中国の「監視社会化」を考える(5)──道具的合理性が暴走するとき

ニューズウィーク日本版 / 2019年2月27日 13時26分



この、低賃金での就労施設の建設、という側面は、先ほど見た社会的に影響力を持つ人々の収容とセットで考えなければならないでしょう。つまり、新疆で起きている事態の不条理さを民族の言葉、そしてマジョリティの言語である漢語の双方で理性的に語れる人々、あるいは民族の伝統文化を受け継ぎ、そのアイデンティティやプライドを象徴する人々の言葉や活動を奪い、テュルク系の人々をただ無力な単純労働力として生かしていこう、という当局の意図がそこには伺えるからです。なによりも、現地政府のトップ自身が、このような「職業訓練」が、社会の秩序安定のために要請されているということを明確に述べています(5)。

そして第三の側面が、監視テクノロジーを駆使した統治のいわば「実験場」としての側面です。この点については、テクノロジーを通じた「監視」が、政府による人々の生活へのパターナリスティックな介入と強く結びついていることを指摘しておきたいと思います。

例えば、新疆では2014年から「民族の融和」と貧困削減を名目に、地方政府の役人がテュルク系住民の家庭に滞在し、「親戚のような付き合い」をするというプログラム(「訪恵聚」)が広く実施されたことが報告されています(6)。ウイグル人家庭を訪問する役人は、その一家の主の言動について子どもに対して聞くよう政府のマニュアルで推奨しているといいます。というのも「子どもは真実を語る」ため、彼(女)らの発言がその両親に「再教育」の必要があるかどうかを判断する有力な材料になるからです(7)。

これは、具体的な「人」を介した、いわば古典的な手法による生活への介入ですが、2016年ごろからは、住民のスマホにスパイウェアのインストールを義務付けるなどICT(情報通信技術)を用いた個人情報の収集(8)、さらにはDNAや虹彩のデータ、および話し声や歩き方などのいわゆる生体情報の収集が行われるようになります。これらも民生の向上、というパターナリスティックな介入と結びつけられて行われています。例えばDNAサンプルなどは、多くの人が無料で受けた健康診断プログラム「Physicals for All(全民健康体検)」の際に収集されたのではないか、と考えられています(9)。

中国政府は、この検査によって同意なしにDNAの採取は行われることはないと反論しています。また、刑事訴訟法など中国の法律においても、こうした生体情報の収集は、犯罪の容疑者でなければ行われないことが定められています(Human Rights Watch , 2018:98)。しかしヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体は、検査を受けたすべての個人からDNAサンプルが採取されており、その際にインフォームドコンセントも、DNAサンプルが求められている理由の説明も義務づけられていない、と報告しています(10)。

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