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中国の「監視社会化」を考える(5)──道具的合理性が暴走するとき

ニューズウィーク日本版 / 2019年2月27日 13時26分

このような生体情報の収集は、例えば特定の民族をターゲットにした犯罪防止プログラムの実施に用いられることが予想されます。例えば、ニューヨークタイムズ紙の報道によると、2016~17年ごろにかけて採取されたとされるウイグル人の血液・DNAの解析には米サーモ・フィッシャー社の機器ならびに米国の著名な遺伝学者が提供したDNAサンプルが用いられたとのことです。中国の政府機関による研究グループは遺伝子情報を用いて民族・人種間の区別を行う研究を行っており、さらにその研究成果を用いて「犯罪現場で容疑者のDNAからその民族・および居住地域を推論することを可能にするシステム」の開発で特許出願を行っていたと同紙は伝えています(11)。

このような生体情報の収集を通じた個人のプロファイリングにより、新疆では特定の人々を何らかの属性を持った集団として抽出するセグメント化が究極まで進んでいると考えられます。そして特定のセグメントに「犯罪率が高い」などのレッテルを貼り、常に監視の対象とする、果てはその自由を奪う。さらにはそういった一連の行為を社会の安定化のために仕方がないのだ、というデータ至上主義的な「予測原理」によって正当化を行う。これらの今新疆で起きていることがらはすべて、前回の連載でも触れたような「アルゴリズム的公共性」が肥大化した社会において生じるであろう悪夢のような事態のイメージに、見事に一致するのではないでしょうか。

中国の「監視社会化」に関心を持つこと

これまで見てきたような新疆ウイグル自治区の異様な状況について明らかなのは、そこでは社会を安定させる、といった目的が疑うことのできないものとして与えられており、全てはその目的を実現するために行われている、ということです。しかし、それは前回の連載で述べたような、「道具的合理性」に過ぎません。社会の安定性の向上という目的を、多くの人々の人権をないがしろにし、苦痛を与えてまで実現することが果たして本当に「正しい」のか、ということはそこでは決して問われないからです。そういった「メタ合理性」の立場から治安の目的自体を問うのは、本来はジャーナリストや学者それに作家など、知識人の役割です。しかし、すでにみたようにウイグル人の有力な知識人層はことごとく拘束されています。かといってマジョリティである漢人の知識人も、いつ災いが自分の身に降りかかるかどうか分からない状況の下では、事実上この問題について発言することは不可能に近いといってよいでしょう。このような状況が新疆ウイグル自治区においていわば「道具的合理性の暴走」ともいうべき現象をもたらしているように思います。

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