少子高齢化の「漆器の里」を襲った非情な災害――過酷すぎる輪島のリアルから見えるもの
ニューズウィーク日本版 / 2024年1月26日 15時30分
1人で小さなリュックを持ち歩いている女性(74)に声をかけると、自宅は「17年前の地震は大丈夫だったけど、今回はぺしゃんこ」だと言う。彼女は、夫と母親と3人で避難所に身を寄せている。これから倒壊した自宅に銀行の通帳など大事なものを取りに行くところで、震災後、自宅に戻るのはこれが初めてだ。2階建ての自宅に着くと、1階部分が完全に倒壊し、1階の車庫にある車も外から判別がつかないほど押しつぶされていた。
玄関が失われたため自宅の裏手に回り、1階の割れた窓に辛うじて残された高さ80センチほどの隙間から、身を折り曲げて家の中に入っていく。彼女はあの日、98歳の母親とこの80センチの隙間から外にはい出たのだ。
今にも崩れ落ちそうな家の中から、「ああ、だめだ」という声が聞こえる。「大事なもの」の在りかに通じるスペースはなく、手にできたのは「手続きしなきゃいけないから」という書類と、化粧水1本だけだった。
井戸水を近所に配る向静枝。倒壊は免れたが自宅には「危険」の赤紙が KOSUKE OKAHARA FOR NEWSWEEK JAPAN
彼女は地震後、ぜんそく持ちの母をなんとか連れ出し、滑りやすい瓦とガラスの上を踏み締め道路に出た。しかし車がないと、母を連れて避難所まではとても逃げられない。通りがかりの車に乗せてもらってなんとか避難することができた。
今いる避難所は衛生環境も良くないが、彼女は金沢には避難しない。家も心配だし、高齢の母もいる。輪島出身の夫と能登町出身の自分は、金沢をよく知らない。あんな状態でも家の中には大切なものが残っている。そう語る彼女に、通りすがりの近所の人は「どろぼう出てるって聞いたから気を付けて」と呼びかけた。
助け合う在宅避難者たちの今
車があるかどうかは、避難者の生活を大きく分ける。給水車から水の配給があっても、車がなければ何度も取りには行けない。
県立輪島高校近くのドラッグストア、ゲンキー河井店は1月2日から営業し、天井が一部剝がれ落ちながらも青果物や薬、弁当などをそろえて営業を続けていた。だが、車を失った人は買い物に行くことも難しい。
そんな今、住人たちは声をかけ合いながら、情報を共有しながら、助け合って生活している。14年前に建てた自宅が倒壊を免れ、夫と息子と在宅避難を続ける向(むかい)静枝(74)は、庭から出る井戸水を焼酎の大容量ペットボトルに入れて近所に配っている。
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