売り上げ重視の出版業界と、作法が厳しい学問の世界は、どちらが「自由」なのか?
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月19日 11時0分
もちろん、武田氏も指摘するように、日本でもノンフィクションの書き手による「語り手の責任」を伴った作品がアカデミックに評価されることはある。
例えばサントリー学芸賞など多数の賞を受賞したノンフィクション作家の黒岩比佐子氏の仕事がそうだろう。
だが、黒岩氏は大学で教鞭を執っておらず、生活は保証されていなかった。象徴的だと感じるのは、黒岩氏が読売文学賞を受賞した作品が『パンとペン』(講談社)というタイトルだということだ。
本書は大逆事件が起きた弾圧の時代の社会主義者である堺利彦を主人公に、彼が編集プロダクションの先駆けである売文社を立ち上げ、文筆代理を請け負うことで、窮地に陥った仲間たちに仕事や居場所を与えた様を描く。
黒岩氏ががんの闘病をされている時期に、私はちょうど読売新聞読書委員で一緒であったが、一人暮らしで金銭的な保証もないフリーランスの書き手が、病身でこのような大作を書くのは精神的にも経済的にも苦労されたようだった。
そのような思いも本書には込められているように感じる。
他方、ノンフィクションの賞を受賞した研究者たちもいる。その作品はどれも素晴らしく、まさにアカデミック・ジャーナリズムと呼ぶべき仕事である。
その書籍には、調査は科研費(科学研究費)によって助成された旨が記されているものもある。
パンのためのペンではなく、知的な思想のためのペンとして、落ち着いて誠実に仕事をする環境を整えるうえでも、アカデミズムとジャーナリズムの枠組みを柔軟に考え、協働できることがあるはずだ。
自分自身のディシプリンを構築すると同時に、両者の相互乗り入れを可能にする手掛かりを掴めないだろうか。何かあれば現場に、というのは長年の習い性である。まずはアカデミアの世界を我が目で確かめたいと思った。
実際に学問の世界に飛び込んでみると、確かに予告されていたように学術には不自由があった。
手法も分析も発表も、厳密な手続きによって規定され、その作法の中で行わなければスタートラインにも立てない。倫理審査委員会の承認を得たり、当事者に同意書をもらったり、希望があれば反訳を確認してもらうなどの大変さもある。考察にも枠を超えた踏み込んだ記述は許されない。
しかし一方で、フリーランスの書き手である私には、アカデミアの方が自由だと感じることもあった。出版不況もあり、ジャーナリズムの雑誌媒体では市場の反応をダイレクトに考えなければならない。
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