売り上げ重視の出版業界と、作法が厳しい学問の世界は、どちらが「自由」なのか?
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月19日 11時0分
編集者も出版業界全体の売り上げ低迷の中で、「売れること」に重きを置いた「マーケティングの専門家」になることが要請されていた。
だが、学問も出版業界も市場を見るだけでは、知的ジャーナリズムは衰退してしまう。
そこで今必要とされることの1つのヒントとして「出版の未来と総合雑誌の役割」というインタビューで『アステイオン』の初代編集長・粕谷一希氏が語っている「思想」に注目したい。
粕谷氏はアカデミズムとジャーナリズムの両方を担う総合雑誌に必要な思想として3つの大きな命題があると述べている。
1つ目は、人生をいかに生きるべきかを問うこと、2つ目は、社会がどうあるべきかを問うこと、そして3つ目は世界にはどういう意味があるかを問うことだと述べ、河合栄治郎の『学生叢書』に載っていた狩野亨吉の「観念論と唯物論」という論文を引き合いにこう話す。
〈宇宙は生成発展している。永遠に解けない謎ですが、その生成発展には何か目的があるはずだというのが観念論で、何もないというのが唯物論だと。実に雄大な宇宙論です。
地球もいずれ消滅するということですが、人間が生きていく限り、そういう問いを持ち続けながら歩くより仕方がない。それに文学も、学問も答える。
永遠に一つの答えはないのに、答えようと努力する。またそういう問いを発するところに総合雑誌の意義がある〉
私は「答え」を求めてアカデミアの世界に足を踏み入れたが、そこに答えはなかった。1つの答えはないが、それに答えようと努力する歩みが学問であると知った。
すぐに結論や要点を要求されるような伸びやかさのない空間では、知的な議論は醸成されないだろう。目の前の事象を追うだけではなく、また細分化しすぎた象牙の塔に閉じこもるだけではなく、生きることや社会、世界の意味という基本をもう一度問い直すときではないか。
そのためには、アカデミアとジャーナリズムは互いを縛るものから自由になり、柔らかく乗り入れしていきたい。『アステイオン』95号ではまさに「アカデミック・ジャーナリズム」特集が組まれ、かつては自由に行き来ができた両者の新たな地平を見せてくれている。
『アステイオン創刊30周年ベスト論文選』には、サントリー文化財団の設立に関わり、日本を代表する知性と呼ばれた山崎正和氏の心に残る文章が掲載されている。
「アステイオン(都市的)といえば、アゴラ(広場)とアカデメイア(学園)の共存が不可欠だろうが、両者の自然な交流がこれほどうまくいった雑誌も少ないのではないだろうか」
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