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AIと人間を隔てるのは「身体性」...コンサートホールで体を震わせることこそ「人間的」だと言える理由

ニューズウィーク日本版 / 2024年10月9日 10時55分

86年からこの何十年かで変化したことというと、そこが結構大きいと思うんです。でも、「旦那の文化」とか「あの人が言っているから」という世界を今さら復活させるわけにはいきませんよね。

三浦 その「旦那芸」こそ、洗練されたものを育む権威なのだから、佐治さんたちがやってきたことについてはもっと敬意を表すべきだと思います。とはいえ、確かに「みんなの納得」は優雅と洗練を潰しますよね。で、「分かるものには分かるであろう」という小林秀雄の言葉が揶揄の対象になる。だけど、ぼくは小林のほうに立つ(笑)。

大ホール正面に位置するオルガンは、パイプ総数5898本、ストップ数74を有するオーストリアの名門リーガー社製で世界最大級。撮影:池上直哉 協力:サントリーホール

片山 民主主義と資本主義とがセットになると、そういう洗練を保つための仕掛けをどうしても壊していくことになる。それがここ何十年かの1つの問題点ですね。

福澤諭吉の『帝室論』(4)には、皇室というのは豊かな財産を持ち、資本主義や民主主義的な世界では滅びてしまうような、皆が「値打ちがある」と言わないようなものにその財産を使うところに意味がある、と書いています。今の世の中でも変わらないはずです。

三浦 さすがに福澤ですね。最後に一言。僕は1990年前後、つまり世界の大転換のときに『アステイオン』の企画で、特派員として中東欧圏を取材させてもらいました。「座談会 涙の谷をこえて―東欧の『ヨーロッパ』への回帰」(23号、1992年)が結果の一部です。

これはサントリー文化財団と『アステイオン』がなかったらできなかったことで、大学などに所属していない僕のような批評家にはものすごく大きなプレゼントでした。深く感謝しています。

そういう体験をした書き手はほかにも大勢いると思いますよ。これは、劇場を建てることに匹敵する大きな社会的役割だと思う。その場所に行かなければわからないことはいっぱいありますから。こういったことは、これからもぜひ続けてもらえると有り難いですね。

田所 『アステイオン』がこれからもそういう洗練されたものを保つ仕掛け、社会装置になっていければいいと私も思っています。本日はありがとうございました。

[注]
(1) 梶谷懐、高口康太著、NHK出版新書、2019年
(2) 「粗野な正義観と力の時代」『アステイオン』創刊号、34頁、1986年
(3) 「フィールス あの不幸の前にも、やはりこんなことがありました。フクロウも啼(な)きたてたし、サモワールもひっきりなしに唸(うな)りましたっけ。
ガーエフ 不幸の前というと?
フィールス 解放令の前でございますよ。」
(『桜の園―喜劇 四幕』アントン・チェーホフ、神西清訳)
(4) 「人或は云く、前段に記したる諸藝術を保存せんが爲に、帝室に依頼するは則ち可なりと雖ども、其藝術の中には全く今日に無用なるものあるを如何せん、無用の藝術を保存するに有用の心思を勞して、又隨て多少の金を費す、全く無用の事なりとの説あれども、或人は誠に今日の人にして明日を知らざる者なり。人間の文明は、其日月永遠にして其の境界廣大なるものなり。文明一跳、千歳一日の如し。豈今日目下の無用を以て千歳文明の材料を棄ることを爲んや。」(『帝室論』福澤諭吉立案、中上川彦次郎 筆記)

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