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将棋電王戦リベンジマッチ観戦記(執筆者:大崎善生)

ニコニコニュース / 2014年1月6日 18時45分

図1

 なんともいえない不思議な思いばかりが胸をよぎり続けた。私は対局室に居て、目の前で起こっている現象をどのように理解し、あるいは把握するべきなのかと何度も思いを巡らせていた。

 2013年12月31日―。年の瀬の慌しさの真っ只中にある東京の中でも一際の喧騒に包まれた明治神宮の膝元、原宿。多くの人で賑わう竹下通りの一角にあるビル内に造られた16畳ほどの和室の中で、静かに密やかに対局は進行していた。

 美しい対局室である。

 背景には大きなLEDスクリーンがあってそこに色鮮やかな四季の情景が数時間ごとに映し出される。最初は冬の雪景色からはじまり、春から夏へと移行していく趣向という。張り巡らされた襖や床の間の造作はどれも見事なもので、真っ青な畳も鮮やかである。上座となる床の間を背にダミーの駒動かし役である奨励会員がいてその後ろにツツカナを搭載したコンピュータとプログラマーの一丸貴則さん、将棋盤を挟んで船江恒平五段が座っている。

 今回のリベンジマッチの対局場となったのは原宿のニコニコ本社ビル。地下一階が関係者控え室、一階が大盤解説会場、二階が報道陣控室、そして三階がこの日のためにだけ造られたスタジオの中にある和室の対局室。この対局室は突貫工事で31日の朝にできあがり対局が終わればすぐに解体されてしまうという。年末の1日だけに現れる、幻の湖のような場所なのである。朝の対局開始時には川上量生会長も現れるなど、電王戦の主催者側の力の入れようは大変なものがある。

 朝、対局場にくるとすでに解説会場に入りきらない200人近くの人がビルの外に並んでいた。会場から人が帰ればその代わりに入れるという空き待ちなのだが、ほとんど帰る人はいない。ただし並んでいる場所にモニターが設置してあり、中の様子は窺えるようになっている。しかしこの寒さに外で立ち見するファンの熱意にも頭が下がる。

 将棋は春に対局された船江―ツツカナ戦とまったく同じ軌跡をたどっていった。

 ▲7六歩、△3四歩、▲2六歩、△7四歩、▲5八金。

 4手目の△7四歩というのが定跡形を避けるために一丸さんが入力していた一手で、ルール上では許されていたが、しかし指し手に人間の指示が入っていいのかどうかという波紋を呼んだ一手だ。今回のリベンジマッチは前対局と同じ条件の中で戦うという決まりがあったので、船江がこの出だしを選べばこう進むのは必然ということになる。少なくとも▲5八金までは指定局面に近い状態となっている。

 それからしばらく異常事態が続いた。

 ツツカナは小考を交えながらしかし結局手を変えない。船江はノータイムで前局と同じ指し手を追随していく。敗れたとはいえ船江は前局の序盤作戦を良しとみていたようで、ツツカナ側が同じ進行を選ぶのなら時間を節約してノータイムでついていこうという風に考えたのだ。感想戦で船江は「終盤戦で仕切りなおしのような局面になったときでも、一時間は時間を余しているようにしておきたいと思っていた」と語っている。

 船江は今回の対局に備えて同じスペックのツツカナと10数番の練習将棋をしたそうで、終盤の底力を知り尽くしていたからこその発言である。

 盤側に座る私にはしかしその進行は不思議に思えてならなかった。前局と同形のまま結局30数手が過ぎてしまったのだ。その昔、コピー将棋という言葉が流行ったが、それは人間同士の対決のときに限って現れるものと思っていた。誰かが指した棋譜、あるいは自分が指した棋譜を記憶のまま辿って指すのは極めて人間らしいやり方で、多くの労力を省き体力の消耗を防ぐことができる。

 しかしコンピュータは局面での評価を判断基準として一手ずつを考えているはずだ。現に船江がノータイムで指すたびにツツカナは小考を繰り返し、評価によって自らの指し手を選択している。その結果、以前と同じ道を歩いていくというところが不思議に思えてならない。つまりこの20手近くの指し手をツツカナはすべて最善手と判断しているということなのだろうか。

 そんなことは有り得ないと私は経験的に判断するし、おそらくその直感は間違っていないだろう。実際に練習将棋で船江は何番かを同じ出だしから指したそうだが、ほとんどがツツカナ側から手を変えてきたという。

 では何故?

 今日に限ってまた同じ進行を選んでいるのだろう。とにかく同じ形に進んでいく盤面を見ていて私は薄気味悪ささえ覚えてならなかった。

 その薄気味悪さとは、ツツカナに情緒のようなものを感じたからにほかならない。ツツカナは相手を以前対戦した棋士と認識し、そのリベンジマッチを受けてたっているのだと理解しているように思えてしまうのだ。同一の進行が一体どこまで続くのか。

 対局室だけではなく控室でも解説会場も異様な空気が流れているなか、手を変えたのはツツカナの方であった。38手目△5六銀(図1)。前局では▲4四角と打ち△5五角、▲同角、△同歩、▲6六角と進行していた。それから二転、三転の大激戦が展開されるわけだが、しかし勝ったのはツツカナだった。

 なぜ勝ったほうが手を変える必要があったのか。今回のリベンジマッチはコンピュータプログラムが一切あのときのままという条件であるから、同一局面でのツツカナの評価関数が変わるはずはないというのは基本だと思うのだが、ではなぜここで△5六銀と手を変えたのだろうか。

 解説の鈴木大介八段が言っていた。「評価という数字が出ているのであれば、人間なら間違いなく評価の高い指し手を選ぶはず。ウーム」

 同一局面でツツカナの評価が変わったのか、ツツカナが評価の低い手を選んだのか、とにかく△5六銀はその二つに一つということになる。

 盤側の私は△5六銀を見てコンピュータ将棋の深淵に頭がクラクラしたが、船江は落ち着き払っていた。前局でもこの△5六銀の変化はある程度予測して、この手の周辺はよく読んでいたそうだ。つまり予想範囲内であり、また読みの蓄積があった。したがってその後の指し手も早かった。

 船江の45手目の手番で昼休に入る(図2)。ここまでの消費時間はツツカナ68分に対して船江はわずか2分。ここまでに1時間の消費時間差を付けたのは船江にとって満足のいくところだろう。

 昼食のために竹下通りに出た。大晦日なので蕎麦屋を探したがあるのは洋服屋と土産屋とクレープ屋ばかりで、竹下通りに蕎麦屋は見つからない。しかもこの時間から原宿で遊んで、その後明治神宮という思惑なのか、人の波はどんどん膨れ上がってきている。顔をペインティングした若い女の子が何人もいて不思議に見えるが、竹下通りを歩く若者たちにとっては私のほうが余程不思議かもしれない。結局蕎麦は諦めてハンバーガーを齧ることにする。

 昼休の局面で▲6二歩とすぐにいく手が解説会などでの本線だったが船江はそれを回避し▲5七銀左という落ち着いた手を選んだ。背後のスクリーンは春の景色になり桜吹雪が舞い散りはじめている。

 このあたりから船江の考慮時間が目立ちだす。考える姿には詰みまで読みきってやるとの無言の意気込みを感じる。

 続くツツカナの△8九と(図3)に対して本局最大の長考に沈んだ。控室ではここで▲6二歩といけば構わず△9九とと香車を取られ▲6一歩成に△5七金、▲同金、△4九銀、▲2七玉、△2四香で後手が有望。他も変化は多岐に亘るがどうも先手がはっきりとよくなる順は出てこない。ツツカナの術中に嵌ったかと誰もが一瞬、ぞくっとするシーンだった。

 しかしツツカナは12分の考慮で△5六角成。▲同銀に△9九とと指し手が明らかに乱れる。この局面でツツカナは自分が有利と判断していたのだが、△5六角成と指した時点でどんどん自分の評価値を下げだし、とうとうマイナス218までいってしまった。街道場のおじさんが自分のへぼに気づき「あっ!」と叫んだような瞬間だった。

 以降は船江の独壇場に終わる。

 最後の華麗な詰みを含めて完璧に近い終盤力を見せつけた。では△5六角成の場面で△9九ととされたら、の質問にはそれには▲5一飛、△2二玉、▲4一銀で勝ちと読みきっていた。きわどい変化はあるが船江は隅々まで見事に読んでいた。

 4時34分に終局。

 プログラマーの一丸さんの人柄もあってか感想戦はとても和やかなものとなった。

 私がなぜ△5六銀のところで変化したのかとその理由をきくと、「ときどき評価に関係ない手をランダムに指すことがあるんです」と一丸さんは笑った。そして△5六角成の悪手には「ツツカナもすぐに反省していました」と小さな声で答えた。

 船江はリベンジ企画を引き受けたことに対し、「かなりプレッシャーはあり負けられないと思ったが、もう一局指したいという楽しみが上回った。途中の変化も楽しく考えられた」と爽やかに語ってくれコンピュータ将棋の長所と短所には、長所は粘り強さ、短所は終盤での直線の読みの深さが人間のほうが勝っているのではないかと指摘した。

 今回の対局を観戦し、また第3回電王戦を迎えるにあたり思うことは、プロ棋士たちが本気になって勝つために研究をはじめているということだ。コンピュータの弱点を洗い出し、それを実戦にどのように活かせるかを調べだしている。そうなるとプロは本当に恐ろしい。次の電王戦はプロ棋士が勝つために全力を振り絞る結果、プログラマーの人間性のようなものが引っ張り出されるのではないかという予感がある。棋士たちはコンピュータそのもよりもその後ろで操る人間の弱点を突いてくるのではないか。コンピュータを介在した人間と人間の勝負に持ち込むかもしれない。
 思えばこれまでは何の手がかりもなくただ恐ろしく強いコンピュータに怯えながら戦ってきたような印象がある。しかしここのところの対戦の経験値の積み重ねにより、確実に突破点は見えてきている。

 ツツカナというプログラムの向こうに、棋士たちは冷徹な機械ではなくプログラマーの気配を察知しはじめている。そこに指一本の引っかかりを見つけだすのではないだろうか。

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送]電王戦リベンジマッチ 船江恒平五段 vs ツツカナ - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv161261701?po=newsinfoseek&ref=news

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