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“目の見えない人に映画を楽しんでほしい”──声優のナレーションで鑑賞をサポートする「音声ガイド付き映画」とは何か?企画誕生の裏側と驚きの制作手法に迫る

ニコニコニュース / 2019年12月17日 12時0分

 「目の見えない人にも映画館で映画を楽しんでほしい」

 視覚障がい者の映画鑑賞を、言葉による映像の解説を用いてサポートする取り組みが存在する。シーンの状況や登場人物の動作・表情などを、作風に合わせたナレーション(以下、音声ガイド)で説明・補足してくれるのだ。

 まずは、『海獣の子供』冒頭シーンの映像をぜひ見てほしい。

 この映像はシネマ・チュプキという東京の映画館で実際に上映されたものだ。本作を鑑賞した目の見えない方は、「映画の世界からまだ戻ってこれない」と言うほどに作品に没入することができたという。

 本作の音声ガイドの脚本を書いたのは、シネマ・チュプキの支配人である和田浩章さん。シネマ・チュプキは「どんな人でも映画を楽しんでほしい」という想いのもと、上映する全ての映画に音声ガイドと日本語字幕が付き、車椅子スペースや「親子観賞室」と呼ばれる完全防音で映画を観ることができる個室が備えられている。

 筆者が本作を観たとき、音声ガイドを作るためのとてつもない作業量と、そこに裏打ちされた和田さんの桁違いの情熱や映画愛に圧倒されてしまった。一体、この情熱はどこからやってくるのだろうか。
 その答えを知るべく、今回、ニコニコニュースORIGINALでは和田さんにインタビューを行った。「誰もが映画を楽しめる世界になってほしい」という和田さんの強い想いに、ぜひ触れてみてほしい。

取材・文・編集:金沢俊吾
取材・監修:腹八分目太郎
撮影:成富紀之


──今日は映画の音声ガイドを作る工程や、シネマ・チュプキについて色々お伺いできればと思います。よろしくお願いします。

和田:
 よろしくお願いします。

──シネマ・チュプキで『海獣の子供』と『プロメア』を観たのですが、それぞれナレーションの読み方や言葉の選び方が全く違うんですね。

和田:
 そうですね。『海獣の子供』の場合は、ナレーションをお願いした声優の能登麻美子さんだったら、どういうリズム感で脚本を読むかなっていうことを考えながら書きました。

映画『海獣の子供』は2019年に公開された長編アニメ。五十嵐大介さんによる同名の漫画が原作になっている。中学生の少女・琉花が父親の勤務する水族館で謎の双子の少年・海と空に出会い、交流するひと夏のストーリー。(画像はSTUDIO4℃より提供)

和田:
 音声ガイドって、いかに映画のリズムに合わせるかが大事だと思うんですよ。「何小節にどれぐらいのワード入れると、このシーンに馴染むかな」っていろいろ試してみるんです。何文字にするか、何小節にするか、何拍空けるか。常に考えて作るようにしています。

──映画のリズム、ですか?

和田:
 音楽はもちろんですけど、シーンの切り替わり、登場人物の動きのスピード感って、映画によって全然違うじゃないですか?そのリズムに音声ガイドを合わせるのが、毎回すごく大事なんです。大変なんですけど、そこが作っていて面白いところなんですよ。

──和田さんの映画をリズムで捉える感覚は元々だったのか、目の見えない方に向けたコンテンツを作るうえで、そういう見方に変わっていったのでしょうか?

和田:
 たぶん、この仕事に就いてから映画の見方が変わったと思いますね。「あのワードを入れると、このシーンはどうなるか」みたいなことをいつも考えちゃいます。もう職業病です。

映画『プロメア』は2019年に公開された長編アニメ。『天元突破グレンラガン』、『キルラキル』を制作した今石洋之さん、中島かずきさんがそれぞれ監督、脚本を務めている。炎を操る新人類・バーニッシュと、消防隊・バーニングレスキューの戦いが描かれている。(画像は『プロメア』公式サイトより。)

──ちなみに、脚本やナレーションの関係者チェックって、どうやって行われるんですか?製作委員会を全部回るとか、例えば監督だけが見るとか。

和田: 
 作品によって全然違うんですけど、制作会社の方がチェックしてくださって、返ってきたフィードバックに対して、また僕が修正していくっていうような感じが多いですね。

──「この表現はやめてくれ」みたいなフィードバックもあるんですか?

和田:
 監督から言われることも、もちろんありますし、製作の方からもたまにありますね。

作品のひとつの解釈を、音声ガイドで示したい

──音声ガイドを作るにあたって、準備していることってありますか?原作をチェックするとか。

和田:
 原作は必ず見ます。インターネットにあるファンの考察も読みますね。
 多角的に捉えたときにどう聞こえるのか、どう映るのかが重要なので、自分が見えたものだけで完結しないように気を付けています。

──それは、世間の反応だったり、表現の振り幅みたいなものを踏まえ、なるべく分かりやすく平均的にする。みたいなことですか?

和田:
 そうですね。ただ、平均化しすぎると、その作品らしさが失われてしまうんですよ。
 
 例えば、「見る」っていう動作があるとします。「見上げる」「見やる」「見つめる」だったり、見るっていう動作を表す言葉は相当な数があるなかで「見る」っていう使いやすい言葉に統一してしまうと、映画とのフィット感がすごく薄まってしまうんです。
 だから、そのシーンにあった言葉な何なのか、ひとつひとつ考えていくことが必要だと思っています。

──抽象的なシーンだと、表現する人によってまったく違う言葉が出てくるんじゃないかと思いました。

和田:
 そうだと思います。だから、自分が作ったものが正解だと思ってはいなくて、ひとつの作品でもいろんな見え方や解釈があるんだよってことを、音声ガイドで示せたらいいなと思っています。
 僕が作っている音声ガイドは、あくまで僕というフィルターを通して出てきた言葉なんです。

作品のひとつの解釈を、音声ガイドで示したい

──音声ガイドが、目の見える自分でも違和感なく楽しめたことに驚きました。

和田:
 目で見えている方が聞いても「その表現があったか!」と楽しんでもらえて、かつ、視覚障がい者に届く方法はないのかって、模索し続けながら音声ガイドを書いているので、そう言っていただけるのはうれしいです。この作品では特に、上手に嘘を書くことを意識しました。

──「嘘を書く」とは?

和田:
 例えば、映画の冒頭に「足跡がほんのりと残り、地面に溶けていく」っていうナレーションがあるんですけども、実際は水分が蒸発するだけなので、足跡が地面に溶けるわけではないじゃないですか。
 情報として音声ガイドを作るのか、作品として音声ガイドを作るのかによって、言葉が変わってくると思うんです。

映画『海獣の子供』より、「まいた水を踏む琉花。足跡がほんのりと残り、地面に溶けていく」というナレーションが入るシーン。

──和田さんの描かれた音声ガイドは、単なる「情報」ではないってことですね。

和田:
 情報だけを伝えるんじゃなくて、作品として聞いてもらえるといいなと思っています。
 例えば、「海と空が織り成す地平線」って表現。正しく情報を伝えるなら、それは水平線なんです。でも、「海と空が織り成す地平線」っていうと、海があって、空があって、その向こうを眺めてる誰かのシルエットが浮かんでくる気がしませんか?
 そういった、ちょっとの嘘をつくことで、景色が浮かぶように意識しています。

── 「お月様が見ている」とかも、そうですよね。実際に月が見てるわけではないけど、言われれば風景が浮かぶし、お月様に見られてるような気分にもなります。

和田: 
 そうなんですよね。そこが日本語の美しさでもあり、強さでもあるのだと思います。

楽しみに来てくれる人のことを思ったら、手を抜けない

──和田さんが音声ガイドを作ることになったきっかけを教えてください。

和田: 
 シティ・ライツ というボランティア団体に参加していたのですが、シティ・ライツの方に「和田くんは感性が敏感だから、音声ガイド向いてると思うからやってみて」って言われたんです。何の説明も指導もなく、いきなり音声ガイドを書かされるっていう。

シティ・ライツは2001年に設立された、バリアフリー映画鑑賞を推進しているボランティア団体。音声ガイドの制作や障がい者のためのシアター同行観賞会、バリアフリー上映会のサポートなどを行っている。(画像はシティ・ライツHPより。)

──それまで音声ガイドって、一般的にはあまり作られてなかったんでしょうか?

和田: 
 あるにはあったんですけど、シティ・ライツが草の根的に取り組んでいて、僕が関わり始めたときから1~2年後ぐらいにメジャータイトルも扱うことが出来るようになり、ようやく少しずつ普及してきたなって印象ですね。

──音声ガイドを指導もなく作ることになり、前例もあまりない中で、とっかかりもなく大変だったと思うんですけど、どのように取り組んでいったのですか?

和田:
 本当に右も左もわからない状態でスタートで、ただただ画面に映ったものを説明しようとするんだけど、その説明の言葉すらも浮かばないっていう状況でした。意味不明な脚本を書いていたと思います。

──いい言葉が書けたとしても、尺の問題もありますよね。

和田: 
 尺とかも飛び出してたり、まったく映画にマッチしてなかったりとかして。「何だこりゃ!? 」みたいな。

──尺が飛び出していたら、合うように修正していくってことですよね?

和田: 
 修正していくんですけど、それも全然上手くいかなくて。もうやりたくない!って、泣きながらやってました。

──最初の1本を作るのに、どれぐらいかかったか覚えていますか?

和田: 
 90分の映画にかかりきりで、1ヵ月はかかりましたね。

──1ヵ月はすごいですね。いまはもっと早くなってきてるんでしょうか。

和田:
 そうですね、作品にもよりますけど、だいぶスムーズになってきたと思います。

──やっぱり自分の好きなジャンルだったりとか、好きな雰囲気だったりとか相性によって、作りやすさが変わってくることもあるんですか?

和田: 
 そうですね、変わってきます。自分の言葉のストックと作品のトーンが近いと、「こうしたほうがいい」っていうのが、すごい早く出てきますね。でも、ストックに頼ってしまうと自分の癖みたいなものが出てきてしまうので、そこを打破しなきゃいけないなとはいつも思っています。

 「この作品の、このシーンに合う言葉はなんだろう」って、毎回フラットに考えるようにしていますね。僕の手癖が、聞く人のノイズになっちゃいけないので。ストックや経験に頼らず、作品ごとにゼロからのスタートです。

──本当にストイックですね。そこまで頑張れる原動力って何かあるんでしょうか?

和田: 
 やっぱり、映画館に楽しみに来てくれる人のことを思ったら、手を抜けないですよね。来てくれる人の感覚に少しでも近付きたい、って思いながら作っています。


「あなたを産んでごめんなさい」と言われた少年時代

──もともと、和田さんは映画や、障がいがある方々の支援に関心があったんですか。

和田:
 障がいがある方への支援に関しては、僕がずっとマイノリティ側にいたっていうのがあるんです。子どもの頃、病気で肌がケロイド状態だったんですよ。それで化け物扱いされていて、ひどいいじめにも遭いました。

──そうだったんですね。化け物扱い、というのは。

和田:
 顔に包帯をぐるぐる巻きにしていたので、ミイラだって言われたり、石を投げられたり、学校で「モンスター図鑑」ってノートに僕のことを書かれたりしました。

──それはひどいですね……。

和田:
 物がなくなるのも当たり前だったし、誰のことを信じていいのかもわからないかったです。だからもう、学校には行けなくなりましたね。

──それほど壮絶ないじめで学校に行けなくなって、そこから再び外に出ていくのってとても勇気がいることだと思うのですが。

和田: 
 高校生の頃、母と何度も喧嘩をして、「もう人生をやめたい」ってなったんですね。そのとき、母親が僕に包丁を突き出してきて、「あんたを殺して私も死ぬから、それでもういいでしょう。それで許して」って。
 包丁を首元に当てられたときに、めちゃめちゃ怖かったんです。「うわー、こんなに死ぬのって怖いんだ」と思って涙が出てきて。これは生きたいっていう涙なんだなと思ったときに、ちょっとやり直そうかなって。

 それまでずっと「あなたを産んでごめんなさい」って母に言われ続けてきたので、産んでよかったと言われるようになりたいっていうのが、やっぱりどっかにあったのかなと、いま振り返ると思いますね。

──なるほど。ちなみに、いまは病気ってよくなられたんでしょうか?

和田:
 完治ではないんですけど、かなりよくなって普通に生活もできています。

 高校生の頃、引きこもりだった自分を救ってくれたのが、映画と音楽だったんです。病気がちょっとよくなった頃にバンドを組んで。そうやって少しずつ、外に出ていけるようになりました。

──どんな音楽がお好きだったんですか?

和田:
 BUMP OF CHICKENだったりとか、藍坊主だったりとか、そういった日本のアーティストの歌詞が持つ力というか、言葉が持つ力っていうのは面白いなってい感じるようになって。日本のアーティストの歌詞をひたすらチェックするようになっていったというのが、音声ガイドを作る上で活きている部分ではあると思っています。

どんな人でも映画の感動を分かち合うことができる

──現在はシネマ・チュプキの支配人を務められていますが、それまでは何をされていたのですか?

和田:
 就職活動では映画会社を受けたんですけど、全部落ちちゃって。それでどうしようかなって思っていた時に、映画のボランティアをしているシティ・ライツに出会ったんです。

──映画のボランティアって、どんなことをするんですか?

和田: 
 僕が最初にやったのは、目が見えない年配の方々と映画を観るっていう活動で。はじめて参加したとき、目の見えないおじいちゃんと一緒に映画を観たんですけど、開始10分でおじいちゃんが寝ちゃったんですよ(笑)。

──(笑)

和田:
 めっちゃいびきかいて寝てるんですよ。もう映画の内容は絶対わからないだろうなって思っていたら、ラストシーンでおじいちゃんがワンワンと泣き出したんです。
 そのとき、僕は「なんて人をカテゴライズして見下していて、凝り固まった価値観で生きてきたんだろう」って恥ずかしく思ったんです。そして、視覚障がい者とかボランティアとか年代とか関係なく、いろんな人がひとつの映画を観て感動してるということに感動しましたね。
 「どんな人でも映画の感動を分かち合うことができる」そう思ったときに、この感動をもっともっと多くの人たちに伝えたいなって思ったんです。

シネマ・チュプキでは、いろんな人が混ざり合ってほしい

──シネマ・チュプキのプロジェクトが始まったのはいつ頃のことですか?

和田:
 この田端の物件を2016年の3月に押さえて、その年の5月からクラウドファンディングをスタートしました。オープンしたのは、2016年9月1日です。

シネマ・チュプキの開館資金はクラウドファンディングによって集められた。(画像はMOTION GALLERYより。)

──シネマ・チュプキを作るうえで、どのようなコンセプトや想いがあったのでしょうか?

和田:
 まず、障がいがある方も、健常者も来たくなるような映画館にしたいという考えがありました。障がい者とか、特定のジャンルではなく、いろんな人が交ざり合って映画を観ることによって多様性が生まれると思っているんです。

──この場所を選んだのは、何か理由があったのですか?

和田:
 田端を選んだのはJR山手線の駅があってアクセスもよく、なにより駅からここまで来るのにスロープがあるので、車椅子ユーザーの方も来やすいからですね。

──内装も明るくて個性的です。

和田:
 内装は「森のシアター」ってイメージで作りました。

──なるほど、切り株みたいなものも置かれていますよね。床も芝生みたいになっていて、靴脱いでも感触が気持ちいいんですよね。芝生の上で映画観てる気分になれました。

和田:  
 まさに野外で映画見てるような感覚になってほしいなって思って。ちなみに、チュプキはアイヌ語で「自然の光」という意味なんですよ。来てくれた人が、明るい自然の中にいるような気分になってほしいという想いを込めて付けました。

──親子鑑賞室も、普通の映画館にはない珍しいものですよね。

和田:
 子育て中の親って、社会のなかで不便を強いられることも多いじゃないですか。子どもがいるから映画館には行けないけど、でも映画見たい親御さんって、いっぱいいるよなって思ったんです。
 それで、映写室の隣のスペースが空いてるってわかったときに、じゃあ親子で観られる個室を作りましょうって。

──子どもが騒いじゃうから連れてこられないっていう方、きっと多いですよね。

和田:
 そうなんですよね。たくさんの親子が利用者がしてくれて、作ってよかったなと思いましたね。観賞室は親子だけじゃなく、発達障がいの方だったり、音に弱い方、暗闇が怖い方にも対応できるようにしています。

──私も多動なので、親子観賞室で観たいです。じっと座ってるのがつらいときがあるので、立ち上がったり足組んだりしてもいいのはうれしいですね。 

和田: 
 僕も多動なので、すごくわかります(笑)。多動にはありがたい部屋ですよね。  そんな、いろんなかたちの映画の鑑賞の仕方っていうのも、広がっていけばいいなと思います。

たくさんの健常者に知ってもらうことが、一番の支援

──チュプキは、作品によっては予約が取りにくい人気の映画館ですが、開館当時から集客はあったのでしょうか?

和田:
 いやいや、最初はお客さんの数が「今日は2人、昨日は0人」みたいな感じでした。1日の売り上げが3000円とかです。

──それはもう、経営できなくなるぐらいですよね。

和田:
 本当にそうです。どうしようって頭抱えながら、酒飲んでばっかりでした。

──酒飲んでばっかり(笑)。売り上げもそうですけど、音声ガイドを作るのに時間がかかるじゃないですか。来場者0人って、「せっかく作ったのに……」みたいな気持ちになりますよね。

和田:
 自分が1ヵ月かけて作ったものが誰にも観てもらえないとなると、ちょっと精神的にしんどいですよね。だからやっぱり、お酒を飲んじゃいますよね(笑)。

──そんな状況から、転機になった作品ってありますか?

和田:
 音声ガイドを声優の方にやって頂いたら、それを目当てにお客さんが来てくれるのでは?って考え始めたのが、ちょうど開館して2ヵ月経った頃です。それまではボランティアの方がナレーションをやってくれていたんですが、『ソング・オブ・ザ・シー』という作品の音声ガイドを声優の小野大輔さんにお願いしたら、ファンの方がたくさん来てくれて、満席の日が続いたんですよ。

映画『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は、2014年に発表されたアイルランドの長編アニメーション。日本では2016年に公開された。アイルランドに伝わる妖精と人間の父親の間に生まれた兄妹の冒険が描かれている。(画像は映画『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』HPより。)


 さらに、小野大輔さんのファンの方が僕らを応援してくれて、チュプキを少しでも広めようってTwitterで拡散してくれて。そうしているうちに、お客さんも少しずつ増えてきたんです。

──なるほど、小野大輔さんの存在が大きかったんですね。その後、『ソードアートオンライン』は戸松遥さん、『秒速5センチメートル』は梶裕貴さんなど、そうそうたる人気声優さんが音声ガイドのナレーションを担当されています。

和田:
 好きな声優さんのナレーション目当てに来て、音声ガイドを知ってくれるっていう入り口も僕はいいなと思っているんですよ。僕たちの取り組みとか、知らなくても全然OKです。とにかく来てほしいなって思っています。来てくれて、僕らが発しているメッセージに対して何か感じてくれるものが一つでもあれば、ラッキーというか。

──音声ガイドを知っている人が多くなるほど、その環境を求めている人たちにも伝わりやすくなりますよね。

和田:
 そうなんですよ。たくさんの健常者の方々に広く知ってもらうことが、結局は一番、障がい者支援になると思っていて。
 僕らだって、人から「これはよかったよ」ってオススメされたら、ちょっと気になるし、見たくなるじゃないですか?そんな風に、「こんなのあったよ」ってシネマ・チュプキや音声ガイドのことが広まることで、障がい者の方々の耳にも届いていくのだと思っています。

奇跡を連続させるような仕事

和田:
 自分が作った音声ガイド付き『海獣の子供』を観たとき、涙が出てきたんですよ。

──それは作っている最中ではなく、完成したあとですか?

和田: 
 そうですね。そのとき、自分の作ったものを客観視して感動できたら、それは本当の感動なんだなって思えたんですよ。それでやっと、自分のやってきたことが少し許せたような気がしたんです。

──自分のやってきたことが許せた。

和田: 
 僕はやっぱり、目が見えてるので。目が見えてる人間がいくら想像して書いたところで、ある種の傲慢さというか、「俺が作ってあげた」みたいなエゴイズムがあると思うんですよ。音声ガイドを作るって、そのエゴイズムをなくしていく作業でもあるんですけど、『海獣の子供』は、そんなエゴも受容できたというか、それも含めて自分のやってきたことを認めてあげられたような気がしたんです。

和田: 
 目の見えない方に映画の感想を頂くことも多いんですが、人それぞれ生活も違うし、価値観も違う。それは目が見えてても同じですね。その上で、何を基準とするのか、視点をどこに置くかを考えなければいけないと思っています。それは、本当に大変なことですね。

──目に見えない方々からのコメントで、何か印象に残ってるものってありますか?

和田:
 「私たちは映画を見てるのではなくて、映画の中にいるんです」という言葉がすごく残った言葉でした。
 映画館に行って、僕らはスクリーンを見ますけど、視覚障がい者の方々は音に包まれているんです。スクリーン越しに登場人物を見ている距離感ではなくて、登場人物の真横に居る感覚らしいんですよ。

──なるほど。

和田:  
 だから、目の見える人以上に、作品の世界を身近に感じられることもあるんじゃないかなって思っています。

和田:  
 ああ、そういえばひとつ、忘れられない話があって。
 先天的に目が見えない人、つまり、一回も色を見たことがない人が「この人の服は赤色で、あの人は水色の服を着ているでしょ」って、登場人物の着ている服を言い当てたことがあったんですよ。

──ええ、すごい!

和田:
 衝撃ですよね。

──それは、普段の生活の中から得てる情報や感覚から想像したってことでしょうか。

和田: 
 そうだと思います。そうした感覚が「色」として捉えられるということを知ったときに、僕はなんて狭い世界で生きてんだろうなって思いましたね。

──それは…すごいとしか言えないですね。 ちょっと神秘的な感じすらします。

和田:
 本当に、奇跡のようなものを体験した気分でした。
 でも、「見えてないものを見せる」って、奇跡を連続させるような仕事なのかなって思っています。

全ての映画に、当たり前のように音声ガイドがついてほしい

──これから取り扱っていきたい作品や、やってみたいことがあればお聞きしたいです。

和田:
 取り扱っていきたい作品はたくさんありますし、ご一緒したい声優さんもたくさんいますね。

──映画のセレクトは、基本的に和田さんが決められてるんですか?

和田:
 僕とスタッフで話し合って決めてるんですけど、『プロメア』とかは、僕がぜひやりたい!ってお願いしました。お客さんが入ればなんでもいいということはなくて、作品が持つメッセージに自分たちが共感できるものを選ぶようにしています。

──この映画を上映したい!って思っても、作品サイドから断られることもあるわけですよね?

和田:
 もちろんあります。小さい劇場なので、収益的にちょっと…と考えられる映画会社さんも多いと思います。

──なるほど。

和田:
 うちにとっては大金でも、映画会社さんにとっては微々たるものだったりするので。僕らの活動に共感してくださって、ほとんど慈善活動みたいな感覚でご協力いただいてるのだと思います。

──やっぱり、シネマ・チュプキの活動に共感してくれる方々と一緒にやりたいですよね。

和田:
 そうですね。というか、志に共感してくれてる人じゃないと作品を出してくれてないと思います。いろんな人に迷惑かけながらも、助けてもらって、いまこうして音声ガイドを作れていますね。

──そうした中で、素晴らしい映画がたくさん上映されていています。

和田:
 映画館として、良質な映画を現代の人にどういうふうに届けるのかっていうのも、もちろんとても大事なことだと考えています。
 例えば、声優の梶裕貴さん目当てに『秒速5センチメートル』を10代のお客さんがたくさん来てくださって、「新海誠監督ってこんな作品を作っていたんだ」と知ってもらえたんですね。きっかけはどんな形でもいいんで、映画に出会ってもらえる機会を作れたらいいなって。

──もともと和田さんは映画が好きで、たくさんの人と一緒に映画を楽しみたいって想いがあったんですもんね。

和田:
 そうですね。映画を観る人が増えれば、その人数分、感動や解釈が世界に生まれるんですよ。最高じゃないですか?

──最高だと思います!最後に、今後の目標とされているようなことがあったら教えてください。

和田: 
 全ての映画に、当たり前のように音声ガイドがついてほしいですね。「自分は映画を楽しむことができない」っていう悲しい思いを誰もがしないで済むような世界にしたいっていうのが最大の目標なので、それを実現するために、これからも音声ガイドをひとつひとつ大事に作っていきたい。それはいままでもこれからも、ずっと変わらないです。

(終了)


 取材の中で、和田さんが「僕はやっぱり、目が見えてるので。」と言ったことがとても印象的だった。和田さんは、目の見えない人のための活動に潜むエゴや傲慢さを自認しつつ、「それでも」と前を向いて、地道に手を抜かず、ひとつひとつのシーンに言葉を付けていく。その謙虚さが、多くの人に寄り添うことのできる音声ガイドを生み出す上で欠かせない姿勢なのだろう。

 もうひとつ、和田さんを突き動かすのは、愛情だと思う。映画への愛や、自分を含めたマイノリティを尊重する気持ち。映画を楽しむ人、映画を作った人への思いやり。そうしたたくさんの愛情のようなものが、音声ガイドを作るという途方もなく大変な作業に真摯に向かわせているのだと、今回の取材を通して強く感じた。

 音声ガイドの脚本を書くという職人芸は誰でも簡単に習得できるものではなく「全ての映画に音声ガイドが付く」という夢の実現には、まだまだ多くのハードルが残されている。それでも、和田さんは絶対にあきらめることはないだろう。
 一本の音声ガイドが作られれば、その分、映画を楽しめる人が増えることは間違いない。音声ガイドの存在が多くの人に知られていくほど、映画という文化はさらに広く深く発展していくだろうと思う。それは、映画好きの端くれとして、とてもワクワクすることなのだ。


【劇場情報】
シネマ・チュプキ・タバタ
JR山手線「田端駅」北口から右方向、徒歩5分
〒114-0013 北区東田端2-8-4 マウントサイドTABATA
TEL 03-6240-8480

HPはこちらをクリック。

 

 

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