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駅弁屋さんとは、常に「お国自慢」をし続ける会社~鳥取駅弁「アベ鳥取堂」

ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2021年4月19日 11時55分

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【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。

山陰鳥取かにめし

明治43(1910)年創業、鳥取駅の駅弁を手掛ける「アベ鳥取堂」。名物「元祖かに寿し」をはじめ、鳥取のさまざまな食材や文化をテーマに、ユニークな駅弁を作り続けています。社長から約40年にわたる阿部正昭社長の経営戦略と、駅弁開発の視点を訊きました。

キハ187系気動車・特急「スーパーいなば」、因美線・鳥取~津ノ井間

「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第25弾・アベ鳥取堂編(第5回/全6回)

鳥取と東津山(岡山県)の間を結ぶJR因美線(いんびせん)。かつては全線を走破し津山線経由で岡山へ向かう急行「砂丘」が運行されていましたが、第3セクター・智頭急行の開通後、平成9(1997)年からは智頭急行線経由の特急列車となりました。現在、キハ187系気動車で6往復運行される「スーパーいなば」は、岡山・上郡・佐用(さよ)・大原・智頭(ちず)・郡家(こおげ)・鳥取に停まり、約1時間45分で山陽と山陰を結びます。

鳥取駅のアベ鳥取堂売店

そんな「スーパーいなば」が発着する鳥取駅で、昭和18(1943)年から駅弁を手掛けるのが「アベ鳥取堂」です。いまや車内販売が風前の灯となり、駅での弁当の購入が基本となりましたが、かつては平成18(2006)年まで運行された寝台特急「出雲」や特急「スーパーはくと」での車内販売も行っていた駅弁屋さんです。アベ鳥取堂・阿部正昭社長のインタビュー、今回は約40年前の社長就任時のエピソードからお話しいただきました。

アベ鳥取堂・阿部正昭社長

●会社最大のピンチに社長就任! とにかく「外」を向いた!!

―阿部社長が、社長に就任したきっかけを教えて下さい。

阿部:昭和59(1984)年5月、27歳のときでした。アベ鳥取堂は昭和40~50年代にかけて、副業で鳥取駅前のファッションビルを経営していたんですが、大失敗となりました。このため、私が社長に就任することになり、ビルの会社はもちろん、自宅をはじめさまざまなものを売却しました。「もう前に進むしかない」というところからのスタートでしたから、その意味では気が楽だったということが言えるかも知れません。

―社長に就任して、大きく変えた点はありますか?

阿部:私が社長に就任して大きく変えた点は、「外を向いた」ことだと思います。それまでは鳥取市内、県内といった内側を向いていたんです。もちろん、このときに市内にある会社の弁当などを手掛けることもできたわけですが、それをやっていたら、いまこの会社は残っていないだろうなぁと思います。駅弁大会もそれまで大阪と横浜の高島屋だけだったのを、それ以外にもどんどん出店して、私自身、実演販売でほぼ全都道府県に足を運びました。

京王百貨店新宿店「第52回元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」(2017年撮影)

●「駅弁屋は、常に『お国自慢』をしている会社だ!」

―駅弁大会自体には、かなり以前から出店されていたんですよね?

阿部:元祖と言われる、大阪高島屋の駅弁大会から出店しています。手元に昭和39(1964)年の大阪タカシマヤの駅弁の売上げを表にして貰ったものがあるんですが、昭和50年代半ばまでは、有難いことに全ての駅弁のなかで売り上げナンバー1をいただいていました。私も中学生のころ、駅弁大会のときの工場を見たら、製造ラインの「島」が10くらい全部、「元祖かに寿し」! 東京の学生時代には、横浜高島屋に応援に入ったこともあります。

―いまでは「元祖かに寿し」はもちろん、新作駅弁も積極的に作っていらっしゃいますが、どのような形で開発されていますか?

阿部:基本は私が絡んで開発しています。東京にいた学生時代、「出身地どこ?」と訊かれて「鳥取」と答えると、「鳥取って、ドコ?」となることがよくありました。自然と「お弁当で鳥取をわかってもらいたい」という気持ちが強くなりました。駅弁屋は常にその土地のお国自慢をしているような会社なんです。だから、鳥取にうまいものがあったら、どんどん出していかなくては……となるんです。

山陰鳥取かにめし

●美味しいものだけでなく、地元の「文化」も駅弁のテーマになる!

―椎茸の駅弁は、ネーミングに遊び心がありますよね?

阿部:「しいたけ弁当 素晴ら椎茸」ですね。115号という素晴らしい鳥取産の椎茸を召し上がって欲しくて開発しました。最初、椎茸の戻し汁でご飯を炊いていましたが、味がしつこいので、山椒ご飯でサッパリしてもらえるようにしました。山椒ご飯は弊社くらいかと思いますが。食べものだけではなくて、鳥取の文化でも面白いものがあったら出していこうと思っています。「城下町とっとり」も城下町という文化、「ゲゲゲの鬼太郎丼」の漫画文化もそうです。

―その鳥取の文化の大きなウェイトを占めるのが、「かに」の食文化なんですね?

阿部:鳥取のかにも、商品価値も何もないところから始めました。何もないところから「名物」というステップに上がるには大きな壁があるんです。ただ、いまは鳥取の名物として「かに」とおっしゃっていただけるようになった。ステップアップの過程の一部には、弊社の「元祖かに寿し」もある……その自負はあります。ちなみに「山陰鳥取かにめし」のかには、韓国産のものを使うこともあります。でも、鳥取では、昔から川のズガニを炊き込みご飯でいただいてきました。この食文化を活かしたのが、かにみそで炊いたアベ鳥取堂の「かにめし」なんです。

山陰鳥取かにめし

【おしながき】
・かにの炊き込みご飯
・ベニズワイガニのほぐし身
・かにの爪
・福神漬け

山陰鳥取かにめし

大きく筆で「かにめし」と書かれたパッケージを開けると、なかからかに型の容器が登場! ふたを開ければ、かにの香りがフワッと広がって食欲がそそられます。まずはカニ味噌が炊き込まれたかにめしをかき込んだら、途中から福神漬けでアクセントを付けていくと、ひと味違った味わいが楽しめます。レンジ対応容器となっていますので、おうちでは電子レンジ(500W)で1分程度温めると、より美味しくいただくことができるということです。

HOT7000系気動車・特急「スーパーはくと」、山陰本線・湖山~鳥取大学前間

鳥取のまちと“外のまち”を、第3セクターの智頭急行線経由で結んでいる特急「スーパーはくと」。それまで鳥取への鉄道アクセスは、大阪から播但線経由の特急「はまかぜ」や、京都から山陰本線経由の特急「あさしお」が担っていましたが、この列車の登場によって大幅な時間短縮が図られました。駅弁屋さんの経営にも大きな影響を与える列車のスピードアップ。

次回、阿部社長のインタビュー完結編では、これからの駅弁について訊きます。

https://www.abetori.co.jp/

連載情報

ライター望月の駅弁膝栗毛

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!

著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/

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