1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. 恋愛

「理想の結婚生活」を維持したかったのに、夫のモラハラが炸裂。妻が3年後に離婚を決断した理由とは

OTONA SALONE / 2024年3月11日 17時0分

40代以降で結婚した人=オトナ婚の経験者にインタビューするシリーズ第20回目は、20代で最初の結婚、2人の子どもを授かるも夫のモラハラに耐えかねて数年で離婚。シングルマザーとして仕事と子育てと国家資格取得に30代を捧げ、40代目前にして運命の旦那様と出会い結婚をしたマヤさんが登場です。

 

どこで彼と出会ったの?

彼はどんな人?

どうしたら結婚できたの?

などなど、気になるオトナ婚の実態に、ライターのミナト薫(47歳)が迫ります。

 

【「理想の結婚生活」を維持したかったのに、夫のモラハラが炸裂。
妻が3年後に離婚を決断した理由とは
オトナ婚 第20話(前編)】

念願だった20代で結婚。その後、出産。しかし憧れの結婚生活は長続きせず……

――いつもは女性側だけにお話を聞くことが多いこの企画ですが、今回はご夫婦一緒での登場です。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。妻のマヤです。隣にいるのが夫のマサさんです。私が39歳、夫が35歳の時に出会って、2年後、私が41歳、彼が37歳の時に結婚しました。私は再婚で最初の夫との間に息子が二人いて、夫は初婚です。

 

――ありがとうございます。取材を始める前に、どうしても気になることがあるんですが(笑)。今、オンラインでお話を伺っているのですが、お二人が座っているその椅子は新幹線の座席ですか? 本物?

はい、本物です(笑)。この部屋は趣味の部屋なので、座席シートだけではなく部屋中が鉄道関連のグッズで埋め尽くされています。

 

――この共通の趣味がお二人を近づけたということですね。その話は後半に伺うとして、まずはマヤさんの過去のお話から聞かせてください。最初の結婚は何歳ごろで、何が理由で離婚したんですか?

1回目の結婚は29歳でした。ほどなくして子どもを2人産みました。離婚の理由は、元夫のモラハラですね。32歳の頃、いよいよそれに耐えられなくなり、子どもを連れて実家に帰ったんです。帰ったというか「お前みたいな使えないやつは出て行け」と言われて追い出された感じですが(笑)。別居後は子どもの親権争いになり、離婚が成立するまで6年かかりました。

 

――結婚して3年で離婚を決意するわけですが、結婚前から元の旦那さんにモラハラの兆候があることには気づかなかったんですが?

当時の私は幸せな結婚に対する執着心が強かったんですよね。「一度結婚したら離婚してはいけない」「離婚なんてかっこ悪い」「子どもがかわいそう」と思って、世間体をすごく気にするタイプでした。

 

29歳で結婚したのも、どうしても20代で結婚したかったから。20代で結婚して、30代前半で子どもをもうけ、結婚相手とは一生添い遂げないといけない。そんな固定観念が強くて、今思うと自分で自分をがんじがらめにしていたんだと思います。

それでも離婚しようと決意したのは、次男が1歳になったとき、元夫が子どもにあたるようになったのを感じてからですね。「もうダメだ」と我慢の糸がプツンと切れました。

 

それで離婚を決意して、昼と夜のダブルワークを始めたんです。離婚後に子どもと暮らすだけの貯蓄が必要だと思ったので。

昼はスーパー、帰宅して子どもを寝かしつけてからまた出掛けて、深夜2時から朝6時まで宅配便屋さんで荷物の仕分け、とがむしゃらに働いていました。

 

――え、乳幼児2人を育てながらのその働き方はあまりに無謀じゃないですか!? 

その通りです(笑)。働きすぎとストレスで体を壊してしまい、起き上がれないぐらい具合が悪くなってしまいました。そんな私を見た元夫はねぎらうどころか、「もうお前必要ないから実家帰れよ」と。強制的に実家に送られたんです。

 

元夫が私と子どもを実家まで車で送ってくれたのですが、そのときも移動にかかった高速代を私に請求したり、実家に着いたら「これはもう不要だな」と嬉々としてチャイルドシートを外したり。そんな元夫の姿を見て、耐え続けていたこの数年はなんだったんだと愕然としましたね。

 

のちに地元の友人や公共機関の人に話したとき、全員に「もっと早く逃げるべきだった」と言われましたもん(笑)。別居までの判断が遅くなったものの、それでも子どもが父親を認識する前に別れられたのはよかったと思っています。

 

別居後も離婚調停は進まず、35歳で看護学校に入学

shutterstock.com

 

――別居後も離婚調停はなかなか進まなかったんですよね。

そうですね。元夫は子どもの親権を主張していて調停は不成立。じゃあ裁判か、となって私が弁護士を立てたときに、やっぱりもう一度調停をと言ってきて。ただただ時間が過ぎていきました。

 

――実家に戻ったマヤさんは看護助手のお仕事をされていたと伺いました。

はい。大学病院で看護助手を2年やっていました。そしてこれから先を考えた時に手に職があった方がいいな、と思って看護師を目指して35歳で看護学校に入学しました。

 

自分より10歳以上若い人たちと一緒に勉強をするのは楽しかったですが、やっぱりとても大変でした! しかも帰宅したら2人の子どもの育児もあるし。

 

――当時お付き合いしている人はいなかったんですか?

今の夫に出会う前に付き合った人は一人いたんですけど。やっぱりまだ男性不信の時期だったので、長続きはしませんでした。

そうして別居から6年後にやっと離婚が成立して、39歳で看護師の試験にも合格しました。

 

今振り返るとこの時期は本当につらかったですね。離婚のことと看護師の資格取得への勉強、育児。ストレスが重なって喘息にもなりましたし、うつ病にもなりました。

 

 

つづき▶︎【後編】▶▶壮絶な30代を過ごしてきたマヤさん。息抜きで始めたマッチングアプリで急接近した男性とは、まさかの趣味が共通点だった!?__▶▶▶▶▶

 

 

≪編集者・ライター ミナト薫さんの他の記事をチェック!≫

 

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください