「被災したことで、幸せの“感度”が上がった11カ月でした」家族、大切なものたち。全てのものと出会い直せた、能登の今
OTONA SALONE / 2024年12月1日 15時2分
様々な価値観が多様化する昨今、「家族像」もそれぞれに唯一の在り方が描かれるようになりつつあります。
この「家族のカタチ」は、私たちの周りにある一番小さな社会「家族」を見つめ直すインタビューシリーズです。それぞれの家族の幸せの形やハードル、紡いできたストーリーを見つめることは、あなた自身の生き方や家族像の再発見にもつながることでしょう。
今回ご紹介しているのは、石川県能登町に暮らす数馬しほりさん。150年以上の歴史を誇る老舗「数馬酒造」の若女将です。
ここまでは、しほりさんが愛する能登を襲った震災直後の家族の様子と、母親と若女将という役割の両立にあたってしほりさんが心がけていたことについてお伺いしました。
後編の今回は、震災から11カ月を経て改めて思う「家族のカタチ」についてお話をお聞きします。
◀この記事の【前編】を読む◀震災後、自宅に戻り「がんばるぞ!」と家族4人で誓い合った日。少しずつ前を向くきっかけになったものとは? __◀◀◀◀◀
【家族のカタチ #3(後編)|能登編】
大変だった。でも、惨めではなかった。
晴れ晴れとしたお正月の空気を一変させたあの地震から11か月。暮らしだけではなく、家業の酒蔵の再建にも奮闘してきたしほりさん一家は、焦ることなく、でも着実に、一つずつ日常を取り戻してきました。
「我が家は数カ月の断水こそありましたが、プロパンガスで火元が確保できていたので、『こういう時だからこそ食事を大切にしよう』と、自炊を心がけていましたね。滋養にいいもの、体を温められる食材……ご近所からいただいた野菜もありがたかったです。
でも、これはあくまでも我が家なりの選択に過ぎません。
今回の震災では、食料を確保しにくい状況に置かれた方、ライフラインが断絶してしまった地域……それぞれの困難がありました。もちろん、食料やライフラインが確保できていても、自炊する気力が湧かない方もいたはずです。能登の一人ひとりが、自分にできることに対して、それぞれの形で向き合いながら歩みを進めた11か月だったと思います」。
自炊という選択ができたこと、そうするエネルギーが残っていたこと、食卓を囲めたこと。その全てに感謝している、と話すしほりさんの言葉の端々から、能登で被災した全ての方々への思いが垣間見えます。
さらにしほりさんの口から語られるのは、「ここで生きていく」という覚悟があるからこその言葉でした。
「大きな被害があった現実を前にして、あまり楽観的なことは言えませんが、物事をどう見るかは私たち一人ひとりの心に委ねられていて、それは震災前も震災後も基本的には変わらないんだろうなと。だからこそ、私たち家族はないものではなくあるものに目を向けて、できるだけ前向きに考えるようにしていました。
また、自分の心を健やかに保つ日々の積み重ねが、ものすごく大切に感じられました。被災後は、これまで以上にゆっくりとお茶を飲んだり、丁寧にコーヒーを淹れたり、夜はやっぱりお酒も楽しもうと、穏やかな時間を求めつつ過ごしています。
そんな時、お守りのように大切に感じているものがあるんです。以前から夫婦で愛用していた輪島塗りのカップやお猪口です。尊敬する大好きな漆芸家の方の作品ですが、今回の地震による火災でお亡くなりになりました。使う度に祈りにも似た想いが込み上がり、同じものづくりの担い手として、少しでも本物に近づけるように、と思うんです」。
こうして、一つずつ日常を積み重ねてきたしほりさん一家。
「やらなくてもいいけれど、やれば心が潤い暮らしが豊かになる――そういうことに、むしろ丁寧に向き合う日々でした。節句のお人形を飾ったり、神棚を清めたり……生活を整えることをやめませんでした。お花も生けるようにしていましたよ。断水していたのになんだかおかしいですよね。でもそのすべてが、心のバランスを保つために大切なことだったのだと、いま改めて思っています」。
非常事態で補い合い、気づく。出会い直せた家族のカタチ
予想だにしなかった大きな出来事から間もなく1年。震災の前と後を改めて見比べた時、しほりさんの家族のカタチはどう変化したのでしょう?
「まずは、夫との会話量が増えました。仕事でも家庭でも、今何が起きているのか、誰にどんなことを言われているのか、何に困っているのか――。以前から“バディ”という感覚はありましたが、より丁寧な情報共有をしないと回らない状況に置かれたことで、その意識がより強まりましたね。
それから、夫のみならず、子どもも含めて、それぞれの良さを持ち寄り活かすことが、いいチームワークを生んでくれるということにも気づかされました。夫はルーティーンが得意、私は大胆でフレキシブル。そこに長男の優しさや次男の明るさが加わることで救われたことがたくさんありました」。
そんな変化と発見があった日々を、しほりさんはこんな言葉でも表現します。
「私たちも子どもたちも、そして会社も、地震で大きな被災をしたけれど、周りからいただいたたくさんの励ましで、自分たちがいかに多くの方々に支えられて生きているかに気づきましたし、どれだけこの地を愛しているか実感することができました。幸せの感度が上がって、自分たちの好きなもの、大切なものに出会い直せた気がしています」。
家族と支え合いながら、しほりさんが見据える、「感謝」と「感性」に満ちた未来とは?
苦境でも光のある方へ顔を向けながら、復興に取り組んできたしほりさん。若女将を務める「数馬酒造」はまさに今、『しぼりたて』の新酒が発売され活気に満ちたシーズンを迎えています。
「酒造りの最盛期を迎える時期に地震が起こったため、酒蔵にはお酒の元となる『もろみ』が1万5,000L、能登の農家さんが大切に育てたお米が55トン残された状態でした。そんな中、酒蔵が稼働できなくなっている状況を知った県内外の他の酒蔵の皆さまが、道も悪いなか駆けつけて助けてくださったんです。
そして4月には自社での製造再開に何とかこぎ着けることができ、9ヶ月かけて『もろみ』もお米もすべて日本酒にすることができました。手を差し伸べてくださった皆さまのおかげで、今があると思っています。10月からは酒造りの本格再開に向けて製造体制を整え、今、例年と同じように『しぼりたて』をお届けできることが、ほんとうに感慨深いです」。
家族で支え合い、仕事に邁進できる日常を取り戻しつつある今、最後にしほりさんは、これからの抱負についてこう語ってくれました。
「私はもともと、自分の感性を大切にしながら生きていきたいという思いが、強くありました。その意味では、お酒の味わいを言葉で表現したり、料理とのペアリングを考えたりというアウトプットができる今の仕事に、ものすごくやりがいを感じています。
これまでの人生、私は10年ごとにテーマを掲げていて、20代は『自己成長』、30代は『貢献』、そして40代を迎えた今は、『実力を養う』 ことを目指しています。
震災を経て、酒造りができること、商品を届けられることへの感謝が増しました。その思いを胸に、能登の魅力を伝える日本酒を通して、たくさんの方に喜んでいただく瞬間を増やしたいと思っています。そして豊かな能登を未来に繋いでいきたい。その姿をきっと息子たちも見ていてくれると思います」。
≪取材協力・画像提供≫
「数馬酒造」数馬しほりさん
「数馬酒造」石川県鳳珠郡能登町宇出津へ36(Tel:0768-62-1200)
【営業時間】9:30〜16:30(土日祝定休)
明治2年創業。「能登を醸す(かもす)」を経営理念に掲げ、清酒事業・リキュール事業・醤油事業を展開。能登米をはじめ、仕込み水にも口当たりがやわらかい能登の山湧き水を使用するなど能登産の原料にこだわった酒造りを行っている。代表銘柄「竹葉(ちくは)」は、甘味・酸味・渋味・苦味・旨味がほどよく調和した味わい。しっかりとした旨味がありながら軽やかですっきりとした味わいが、料理とも合わせやすく飲みやすいと若い世代にも受け入れられている。国内外でさまざまな賞を受賞するなど、今、注目の酒蔵。
しほりさんが企画・運営を行う日本酒サブスクリプションサービスも好評。季節に合わせた旬の日本酒(原則720ml 2本)と、能登を感じる旬の味などのおまけ、しほりさん考案のお酒に合うレシピ他の情報満載のリーフレットが届くサービス。「2週間ごとに旬が移ろう能登。そんな旬を感じ取るきっかけにしてほしい――といった思いを込めています。とっておきの肴を用意して、ご夫婦やお友だちと飲み交わすひとときを是非お気軽に楽しんでください」(数馬しほりさん)。
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