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「あなた、薬の出し方も知らない医師って言われてるわよ」逆風の健康医学教室が見る間に15都市に広がった「意外な分水嶺」は

OTONA SALONE / 2024年11月19日 13時1分

いまから15年前に、鹿児島市の開業医が手弁当で始めた健康医学教室、「りんご教室」。かわいらしい名前ですが、その威力は強力です。なぜこの教室を始めたのか、その一部始終を伺いました。

 

前編記事『「次に死ぬのはお前だ」父の死で使命に気づいた医師が「全然誰にも相手にされない」健康医学教室を15年がかりで15都市に広げた一部始終』に続く後編です。

 

今ではあたりまえの「健康な生活」を説くものの「薬の出し方も知らない医師」と言われ

「病院ですから患者さんは来てくださるのですが、皆さんに『アンチエイジング医学教室を開催します』と案内をしても誰も来てくれません。たまに1人2人来てくれる人がいても、私の講義を聞くと苦笑いをして帰ってしまいます。なぜだ、こんなにわかりやすく、ためになる話をしているのに?と、もどかしさを通り越して怒りすら感じることもありました」

 

ある年からはイベントを開催してみました。クリスマス会を開いたり、地道な努力を続けますが、好評なのは無料プレゼントだけ。その次の教室には相変わらず誰も来てくれません。

 

試行錯誤しながら、かれこれ8年の間は「まったく何も手ごたえがなかった」と山下先生は振り返ります。そんなある日、奥様・まゆり先生からの忠告で山下先生はついに我に返ったそうです。

 

「妻からおずおずと『あなた、薬の出し方も知らない医師と言われているわよ』と告げられたのです。もう、逆上しかかりました(笑)。今では糖尿病の治療などでもごく当たり前のように言うようになりましたが、当時は患者さんに『あなたは薬を飲むより運動したほうがいいですよ、食事はどういうものをとっていますか』と話しても理解が追い付かない時代だったんですね。それに気づいていなかった」

 

この当時を振り返って奥様、山下まゆり先生は語ります。まゆり先生は小学校の教師を長く勤めたのち、3人目のお子さんの誕生とともに36歳で退職、山下先生の開業後はクリニックの事務に専念していました。

 

「8年の間、夫の奮闘をじっと見守ってきました。私自身医学はわかりませんし、夫の仕事には口を出すまいと完全に線を引いていました。しかし、私は教師ですから、夫の話の何がよくないかがわかってしまいます。要するに、話があまりに難しいんです。何度かそれを遠まわしに伝えましたが、夫は『お前に何がわかる!』と機嫌が悪くなるのです。ですがやがて夫も折れて、教室は私が担当することになりました。いよいよ手伝い始めたとき、私は50歳でした」

 

2011年、まゆり先生は山下先生と相談しながら「楽しい」「わかりやすい」を優先し、教室の講義内容を「健康医学」「栄養」「運動」「精神」の4項目に分類、再編します。

 

「私には医学はわからないけれど、人がわかりやすいストーリーを作ることはできるから、この項目で大事なことを3つだけ教えてね、という形で、夫と2人で少しずつ組み立てていきました。夫が伝えたいと感じていることを私が理解できるまで時間がかかるので、その分だけ誰にでもわかりやすい内容にかみ砕くことができたのは怪我の功名ですね(笑)。そして、実際に苦労して作ったストーリーに人が共鳴するのを見て、夫もだんだん喜んでくれて」

 

2012年には現在も使う「カリキュラム+ノート」という形式が成立します。やがて新たに参加した人たちから「わかった」「できた」「おもしろい」という声が集まり始めます。ついにその年、それまでの「アンチエイジング教室」が「りんご教室」に変わる瞬間が訪れました。山下先生は振り返ります。

 

「新しいプログラムに手応えを感じて、思い切って鹿児島市の目抜き通りに支店を出しました。まだまだ支出のほうが多い赤字の状態でしたが、そんな中で経済産業省のお役人が看板を見て訪問してくれたのです。そして、『東京でもまだ普及していない予防医学を、鹿児島でこんなに早い段階から地道にやっている人がいたのですか』と驚いてくれて。逆風の中で10年続けてきて、はじめてわかってくれる人がいた!と、このときばかりは涙が出ました」

 

国よりも時代よりも早すぎる取り組みだったため、人より長く苦労をしたけれど、これを面白いと思ってくれる人は必ずいる。何よりも、これこそが自分が父親に対して「してあげたかった」こと。きっとこの努力が誰かの寿命を延ばしている、この思いが実った瞬間でした。

 

「結果的に地元よりも先に経産省に認められたのですが(笑)、教室名を改善するアドバイスを頂いたので、『体験型健康医学教室』と定義変更し、りんご1個分がメインなので『りんご教室』という名前をつけて実証事業を行いました。すぐにこの成果が出て、南さつま市はじめさまざまな自治体で教室の実施が採択され、同時に地元でも口コミでの参加者が急速に増えていきました。10年もの間とんでもない遠回りをしましたが、私のしたかったことはこうして、いろいろな人たちの手助けを受け入れることで実現したのです」

 

りんご教室最大の特徴「細胞モデル」を生み出したことで「説明するきっかけ」が掴めた

「りんご教室」のわかりやすさの最大の特徴は「細胞モデル」でしょう。10㎝四方の密閉容器に、さまざまなサイズのパーツがまるでお弁当のように詰め込まれたものです。これを使って講義の冒頭で「私たちの体はどう作られているのか」をシンプルに説明します。

 

「一般の人は『受精卵』は知っていますが、そのあと分化してできる『細胞』のことをほとんど知りません。だから、食べたものがどうして健康の源になるのかピンとこないのだと、私は妻との対話でやっと気づきました。ならば、実際に細胞の中に何が入っているのかを手に取れるモデルにして、細胞の中身を見える化してみよう。こうして手に取れるようになって、はじめて誰でも自分の体と食事、運動との関係性のスイッチが入るようになりました。スイッチさえ入れば、次に自分は何をすればいいの?と話を聞くモードになります。こんな簡単なことに私は10年気づけなかった」

 

昨日よりりんご1個いい細胞をつくる生活習慣とはどういうものなのか、その解説を「細胞モデル」を手に取りながら進めます。

 

「このケースは細胞を1万倍に拡大したモデルです。ケースの中に、DNAを内包した核、エネルギーを作るミトコンドリア、ミトコンドリアに協力する酵素など、実際の細胞のパーツを詰めています。酵素とミトコンドリアで食べたものをエネルギーに変え、体力を作り出すのですが、年をとるとこれら細胞の中身がセットで減り、スカスカになります。代わりに活性酸素が増え、シミ、白髪、動脈硬化、認知症の原因になります。活性酸素がDNAを傷つけたものががんです。毎日全身の細胞の0.5%が作り替えられています。これが冒頭で話したりんご1個分なのです」

 

10日で5%入れ替わり、約200日でかなりの部分が入れ替わります。50㎏の人が1日りんご1個分と提示することで「こんなに変わるの?」と驚かれます。自分の体が尿や便に排出されながら作り替えられることを知った人は、1日でこれだけ変わるのなら、今日すべきことをちゃんとやったかしら?と、意識がぽーんと変わるのです。

 

「『りんご教室』もすでに15年続けてきました。15年たつと明らかに、参加し実践した人に差がついています。減塩やカロリー制限を指導されてもフーンと素通りだったのに、『細胞を自分で作り替える』という大事な情報を加えるだけで『自分ごと』にできるのです。病気目線で伝えられても、自分に高血圧があるかないか、私はないから関係ないわという話になります。でも、誰だって認知症にはなりたくない。りんご1個分よく体を作り替えれば、認知症も血圧も変えていける、このメッセージがあらゆる人の希望になるのです」

 

『りんご教室』を広める人たちを育成したい。「健康医学士」認定事業もスタート

『りんご教室』が広まるにつれて、スタッフも予防医学に慣れてきて、栄養やそれ以外の教育も手掛け、社会のお役に立ちたいという軸を持つ人が徐々に集まってきたそうです。満を持して『りんご教室』のエッセンスを指導する人々を育成し、全国に広げるフェイズが到来しました。

 

2018年、「一般社団法人日本健康医学士協会」を立ち上げ、「健康医学士」という資格認定事業をスタートしました。36項目からなる本格的な講座です。10級から6級までは「ジュニア」と呼ばれる小学生向けの資格です。医師、看護師、教師などの国家資格を持つ人は2級から、ない人は5級からスタートし、1級を取得すると「りんご教室」の講師ができます。現在では全国15か所で資格取得者が「りんご教室」を実践しています。

 

「実績を少しだけご紹介しましょう。基本の9項目を受講しただけでメタボからの離脱が早いことに定評があります。2か月で24%というデータもあり、普通の3倍早いと言えます。認知症にも効果があり、90%の人で認知機能改善が見られます」

 

いちど受講して医療の話に慣れた人たちは、大変難しい医療の講演にも意欲的に参加するようになるそうです。

 

「経産省からのゲストを呼んだ専門的な講演には、学習に慣れて話を理解しながら聞く準備のできている650人もの方々が聴講にきてくださって、経産省を驚かせました(笑)。りんご教室を共通語にするとみんなが仲良くなります。共通語があることで運動ができたり、それぞれが自立していくのが自慢です」

 

この『りんご教室』を全国に増やしていくのが現在の目標、と山下先生は語ります。

 

「もし全国の中学校区に1つ拠点があれば、治療に予防が加わり、地域医療が大きく変わります。『健康医学士』の資格が運転免許のように当たり前になることで、間違いなく幸せに『生き切る』人が増えていきます。私が父を喪ったあとのあの後悔を同じように持つ人が1人でも減ってほしいし、誰もが健康で長生きをかなえる日本になってほしい。どのような挑戦も、日本のどこからでもできるのだと信じています」

 

「健康医学士」「りんご教室」について 詳しくはこちらから

お話/つみのり内科クリニック 院長・山下積德先生

日本内科学会 総合内科専門医、日本体育協会スポーツドクター、日本医師会認定産業医、日本アロマセラピー学会員、日本抗加齢医学会専門医。

昭和56年鹿児島大学医学部卒業後、鹿児島大学第一内科に入局。鹿児島市立病院循環器科にて心臓病の救急に従事したのち、平成12年に枕崎市立病院院長。平成16年つみのり内科クリニック開業、隣接してフィットネスジムやカフェからなる先進的な健康複合施設も備える。平成23年より健康医学教室「りんご教室」を主宰、平成30年からは「健康医学士」資格の認定事業も進める。

 

≪OTONA SALONE編集長 井一美穂さんの他の記事をチェック!≫

 

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