【逆説の日本史】「極早生」なのに「多収」で「良質」な「農林1号」という奇跡のコメ
NEWSポストセブン / 2025年1月21日 16時15分
当時コメは自由価格だから、不味いコメは当然ながら安い。つまり、米騒動はひょっとしたら日本で一番コメが安かったかもしれない富山や新潟で起こったということだ。だから問題は深刻なのである。現在、東北や上越や北陸はコメが豊富に穫れる地域であって「米どころ」などという言葉もある。新潟県は典型的な「米どころ」で、味がよいと評判のコシヒカリの主産地でもある。コメの本場と言えば西国の九州、四国では無く、東国のそれも関東以北の東北、上越、北陸地方だが、それは現代の常識であって大正時代はまったく反対だったということをまず頭に入れておく必要がある。
政府の無策が招いた「大米騒動」
ひょっとして、新しい読者はなぜ「反対」になったのかと不思議に思うかもしれない。たしかに、これはきわめて異常なことである。なぜそうなったかについても以前書いたことがあるのだが、その内容があまりに広まっていないと思われるのでもう一度書いておこう。この奇跡的な出来事が起こったのは、並河成資という天才的な農業技術者がいたからである。どんな人物なのか?
〈並河成資 なみかわ-しげすけ 1897~1937
昭和時代前期の品種改良家。
明治30年8月16日生まれ。新潟県農事試験場の技師として、技手の鉢蝋清香の協力を得て、昭和6年極早生・多収・良質の水稲品種「農林1号」を育成した。農林省農事試験場中国小麦試験地にうつり、小麦の育種研究にあたるが、昭和12年10月14日自殺。41歳。京都出身。東京帝大卒。〉
(『日本人名大辞典』講談社刊)
手前味噌だが、いま私が述べた知識があってこそ並河という男がどんなにすごい人物かわかる。彼の開発したイネ(水稲農林1号)は、「極早生(普通の早稲より栽培時間が短くて済む)」なのに「多収」で「良質」なのである。これ以前にそんなものを作ると言ったら、頭がおかしいと思われただろう。そんなことは常識的に考えて絶対にあり得ない。にもかかわらず、並河はそれを成功させた。まさに天才ではないか。
そして、じつは「水稲農林1号」には、もうひとつイネの常識を完全に覆したことがある。それは「寒さに強い」ということである。思い出してほしい。イネはそもそも熱帯原産の植物なのである。だから、夏は一時的に酷暑に見舞われる東北地方ならば栽培可能だが、北海道では無理だった。だから、朝廷も武士の政権である幕府もコメ政権であるがゆえに「蝦夷地」を領有しようとはしなかった。
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