1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 経済
  4. ビジネス

ブランドビジネスで業界3位へ牽引 伊藤忠商事「岡藤正広」社長伝説【2】

プレジデントオンライン / 2014年12月16日 13時45分

伊藤忠商事 繊維カンパニー プレジデント 岡本均氏

繊維事業を源流に持つ非財閥系商社の雄は、今や業績が絶好調である。「非資源ナンバー1」を掲げながら、リスクとポテンシャルを冷静に見分け、数字の達成にこだわる岡藤経営はどこから来ているか、徹底調査した。

※第1回はこちら(http://president.jp/articles/-/14090)

■客の立場に立って考え抜いた経験

1858年の創業以来、伊藤忠の代名詞であり、屋台骨を支え続けてきた繊維事業。現在その繊維カンパニーを率いる岡本均(専務執行役員)には忘れられない体験がある。岡藤というカリスマの伝説話は、岡本にも伝わってきていた。まだ岡本が部長になったばかりの頃、大阪本社での決算会議に出席していたときのことだ。季節は夏。

岡藤が社長になって以来、予算会議では厳しいハードルが課せられる。毎月、繊維部門ではその数字を達成するための進捗状況が細部にわたって詰められる。それでも、どうしても下方修正せざるをえない局面は出てくる。

岡本はそうした局面に追い込まれて、決算会議に臨んだ。岡藤から烈火の如く落とされるカミナリを想像すると身の置き所がなかった。岡藤が座る席の後ろの窓から入道雲が湧き上がり、空は一気に暗くなる。俺の所でカミナリ落ちるかな? と思うと心が沈んだ。だが、カミナリが落とされたのは、岡本の次に報告した部長だった。

岡藤の数字への厳しさは徹底している。寝る前に決算の数字を確認、朝起きて再び確認するほどで、曖昧さは許されない。さらに岡本を驚かせたのは、交渉が困難に陥ったとき、予算達成が困難なときに岡藤が出す指示の的確さである。細部までここまで考えているのかと。

「レスポートサック」は、伊藤忠のブランドビジネスの象徴。

伊藤忠にブランドビジネスを立ち上げ、伊藤忠の看板に仕立て上げた岡藤。現在繊維カンパニーでは約150のブランドを扱う。中身を入れ替えて、財産として保持し続けるものを峻別することが繊維カンパニーの財産である。

岡本にはことのほか、忘れられないブランドがある。トミー・ヒルフィガー(以下、トミー)。同ブランドの経営権を伊藤忠が取得したのは、00年のことだ。トミーの売り上げを約4倍に高め、ブランドを確立させたのが伊藤忠だった。それが08年、トミーのライセンス供給元である「トミーヒルフィガーグループBV社」の強い意向を受けて、伊藤忠が連結対象子会社トミー社の普通株の一部売却、残る普通株については議決権を持たない優先株に転換し、同社に経営権を譲渡することになった。繊維カンパニーの中には、トミーのブランドを育て、売り上げを4倍にした自負もあり、虫のいいライセンス供給元へ怒りの声も聞こえてきていた。

この経営権譲渡の最前線の交渉に当たったのが岡本だ。複雑さを極める交渉でも、岡藤は一貫して岡本に「弱気になるなよ」と声をかけ、極めて細部にわたる指示を与え続けた。

「ええか、契約の文言にこれは入れたらあかんで」

岡藤は、交渉の行方も予言した。

「もうそこまでいったら決裂や。そやけど、相手がここで折れてくる。折れるんは、こういう理由や」

岡藤は交渉相手の心理を読み、交渉の要諦を押さえる。岡藤にそれができるのも場数と行動、なにより客の立場に立って考え抜いた経験があるからだ。

「岡藤社長就任からの4年間は、10年分を凝縮したようなダイナミズムとスピード感に溢れるようなものだ」

と、ある伊藤忠社員は語る。住友商事(以下、住商)を抜いて業界3位を目指すというかけ声も、「それはそうだが、現実には」と他人ごとのようにいう者もいたが、3期続けて住商を上回った今、これを話題にする社員はいない。

■ごった煮なんですよだから、面白い

伊藤忠商事 住生活・情報カンパニー プレジデント 吉田朋史氏

岡藤ダイナミズムの結果の一つを挙げるとすれば、業界を驚かせた「生活資材」「情報・保険・物流」「建設・金融」が統合して発足させた「住生活・情報カンパニー」だろう。いい方は悪いが「ごった煮」。この部隊を率いるのは、吉田朋史(専務執行役員)である。

「おっしゃる通り、ごった煮なんですよ。だから、面白いんですよ、これが」

他社から、数字合わせとも揶揄されるカンパニーを任された吉田。岡藤が吉田を指名したのも、その強烈な統率力、意志の強さを買ってのことだろう。

吉田は、「いや、いや」と謙遜するが、寄せ集めともなりかねない集団を引っ張っていくには、ときには強引とも思えるような統率力が必要。戦場で最前線に立ち、部下を鼓舞する軍曹のような吉田の馬力なくして現在の同カンパニーの好調さはないだろう。

吉田は自身の交際費の大半を使って、毎月カンパニー社員の誕生会を開いている。初対面の社員を引き合わせては、自分の部署の話題をさせるだけでなく、他の部署の話を聞かせた。各部門の中からは「助け合い大使」を任命することで、違う部門同士で助け合う風土をつくった。ビジネスが成立した案件の中から、吉田自らが「助け合い大賞」を選び、ポケットマネーで副賞を出す。

こうした吉田のリーダーシップが功を奏したのだろう。初めのうちはただ、数字合わせのような意識を持つ社員たちの意識にも、変化が表れ始めた。

「向いている方向、業界は別でもサービスという切り口は一緒。そういうベクトルが一つになってきた」(吉田氏)

吉田のカンパニーに属する物流・保険ビジネス部保険ビジネス第二課課長補佐、河井一心(肩書は取材当時)。タイに駐在経験がある河井だが、アジア、特にタイの後はベトナムにおける保険の仲介、コンサルティング業務を手がけてきた。例えば、タイ、ベトナムで国民の足代わりになっているバイクの市場で、圧倒的なシェアを持つのが「ホンダ」である。そのホンダと組んで「ホンダ友の会」を組織し、イベント情報、グッズの販売などに絡ませてバイク保険をビジネスとしてきた。

97年入社の河井は、伊藤忠の株価が200円を割り、経営不安がささやかれた“伊藤忠危機”を実際に経験した世代である。会社を去っていった多くの同期の背中を見ながら、3000億円という額でも一瞬にして吹き飛んでしまう怖さを知っている。それだけに岡藤体制になってからの会社の変化、変革をより実感しているという。

今年7月、伊藤忠は保険ショップ事業を展開している「ほけんの窓口グループ」の株式24.2%を取得し、保険業界を驚かせた。河井は、今度は「ほけんの窓口」ブランドを自ら育てるため、今年9月から同社に出向中である。

英国のクイックフィットの店舗。

前出の吉田が、ずっとサポートし続けている会社がある。11年に伊藤忠が約850億円を投資して買収した英国タイヤ小売り最大手「クイックフィット」(欧州で1218店舗)である。

同社の社長を務める村井健二は、04年に、伊藤忠が買収した英国タイヤ卸「ステイプルトン」に経営立て直しのために派遣されて以来、在英滞在10年となる業界のプロである。

「卸」と「小売り」の両輪を押さえれば業界で圧倒的な強みを持てる。ステイプルトン買収直後から村井と吉田との間では、この意思統一ができていた。だから吉田自ら渡英し、村井と共に客になりすましてクイックフィットの店舗を訪れて、伊藤忠ブランドに育てることができるかを値踏みをした。

「綺麗ではないです。日本のカーショップなんかを想像したらいけません」

吉田が説明したのは、客商売に値しない同社の有り様だった。客が来ても食事やおしゃべりをやめない。整理整頓ができておらず、床も汚れたまま。

「(まともな店舗に)これならできますね」

村井の一言に、吉田も頷いた。朝来たら、挨拶をする。ユニホームをちゃんと着る。使った道具は片付ける。お客が来たらおしゃべりはやめる。客の前で物を食べてはいけない……、村井は毎日、しつこいくらいに同じことを繰り返し、なかなか直らない社員たちには先手を打って直させた。

村井にとってステイプルトンで身につけたノウハウが生きた。清掃で店舗が奇麗になっていくと、客から感謝されて、社員の態度が徐々に変わっていった。岡藤の指示は、明瞭だった。

「焦ったらあかん。短期の利益よりもまずは、ブランドづくりやで」

14年度3月期の純利益は、前期比2~3倍の51億円になった。

■「買い手から売り手へ」「収益モデルの転換」

世界的に知名度の高いドールブランドの品々。

非資源に注力する伊藤忠の象徴ともいえるのが、前述の米青果大手「ドール」の一部事業に関する買収である。昨年4月1569億円を投じ、ドールのバナナなど青果物を生産・販売する事業とグローバル展開する加工食品事業を得た。

伊藤忠とドールは、ドールの前身「キャッスル&クック」社時代からの付き合いで、歴史は66年にまで遡る。今回の買収はドールのアジア戦略の一環ではあるが、パートナーに伊藤忠を選んだ。半世紀に及ぶ伊藤忠との付き合いもあるが、ブランドを育成する力をドールが買ったということだ。

「『美と健康』をキーワードに世界で事業を展開するドール。ドールの品質、供給力への信頼は非常に高いです」

と食料カンパニー生鮮食品部門農産部長、北栄哲弥は語る。北栄は入社以来、ドールビジネスに関わってきたが、両社の強みを熟知する北栄のような人材が、今後、伊藤忠のブランド戦略とドールとの融合のカギを握るだろう。

伊藤忠商事 食料カンパニー プレジデント 青木芳久氏

食料カンパニーを率いる青木芳久(専務執行役員)によれば、伊藤忠の食料部隊は、原料でいえば川上の視点が強かった。それが、消費者、つまり川下からの視点を持てるようになり、川上から川下まで一貫したビジネスが展開できる。その意味では、98年にコンビニ大手「ファミリーマート」の筆頭株主となったことが転換点だった。

青木の言葉を体現するのが、同カンパニー生鮮食品部門畜産部畜産第一課長代行、深川賢治である。名刺から想像される姿とは別で、ファッショナブルな出で立ちに歯切れのいいコメント。

伊藤忠に入社後、深川はトレード、つまりスーパーなどで売っている加熱処理していない生の牛肉、豚肉の輸入を手がけた。入社3年目には米国に留学、および実地研修を経て帰国。しかし、帰国後に深川が配属されたのは畜産二課でアジア、なかでもタイを供給源にする加工品を扱う部署だった。正直、北米に行き、帰国したらタイなの?という思いもあったが、深川のそんな思いを吹き飛ばすかのように、コンビニの需要は拡大し、それに伴いコンビニでの加工品の需要も飛躍的に拡大した。帰国後、すぐにマインドセットした深川は、何十回とタイへ足を運び、現地の業者とのパイプづくり、新たな商品開発の可能性を探った。コンビニの加工食品の棚が広がれば広がるほど深川の仕事は増え、進化していった。

「極端な話、売る奴は何をしてもいい」

深川は後輩にこう話すが、それには、「先読みの力がないとモノは売れない。御用聞きではなく、自分たちが導くようにしないとダメじゃないですか」。

一時、畜産の現場を離れて、青木直轄の経営企画部に籍を置いた深川。経営の数字と格闘したことで食料カンパニーの社内的な存在価値がはっきりした。昨年1月、カナダ最大級の養豚、豚肉生産業者「ハイライフ」社の株式33.4%を50億円で取得したが、これで、豚肉加工の川上から川下までを、一貫してできることになった。これを機に課内の標語も大きく変わった。「買い手から売り手へ」「収益モデルの転換」。

■「人並み以上に『努力』することやで」

学生時代を除けば社長就任までほぼ生まれも育ちも大阪で、骨の髄まで浪花節が染み付く岡藤。若手社員や外部の人間は岡藤をどう見ているのか。

01年に伊藤忠に入社し、現在は繊維カンパニーブランドマーケティング第3部ブランドマーケティング第12課主任を務める緒方大は、岡藤同様、父を早く亡くしている。

「なにかあれば『お母さんはどうや』と気遣っていただいた」

岡藤は若手社員の家族構成をも記憶に入れる。十代後半で病気で2年間休養を余儀なくされ、40代で体調を崩して入院した経験を持つ岡藤ならではの心配りなのだろう。

98年に伊藤忠に入社して退社後は、同時通訳者として活躍し、現在はスタンフォード経営大学院に留学中の関谷英里子は、岡藤が部長時代の部下で緒方の3年先輩に当たる。岡藤は、関谷の活躍を聞きつけて、食事会を開いた。

「現場に率先して向かい、前例に捉われずにムダをそぎ落とす。時代の半歩先を見据え、ビジネスに徹底したこだわりを見せる姿は、当時と同じ」(関谷)

岡藤と長年の親交を持つカバン業界首位であるエース社長の森下宏明は、「ゴルフや食事会など定期的な会合で、ビジネスの要諦を教えて頂いている。経営者として非常に尊敬している」と慕う。官界の重鎮は、こう評する。

「時代を先読みする力と胆力があるだけでなく、経営センスも抜群である」

では、今後の伊藤忠の経営はどうか。

「非資源に注力する」岡藤が社長就任以来一貫して訴え続けてきたことだ。

「資源をやらないわけではない」

岡藤はこう言うが、三菱商事、三井物産のビジネスは、その成り立ちから日本の基幹産業である製鉄、金属、電力と密接な関係にあり、巨額な資源投資をある意味、ヘッジをしている。つまり、そうした足場、いわば「客」を持たない伊藤忠が勝負する場所が、資源ではないと岡藤は冷静に分析している。現場で格闘し、悩み、苦しみ、そして気絶するほど考え抜くことを、岡藤は生涯貫き通している。

「人並み以上に『努力』することやで」

カリスマ岡藤の次の一手は何だろうか。

(文中敬称略)

----------

伊藤忠商事代表取締役社長 岡藤正広
1949年、大阪府生まれ。大阪府立高津高校卒。74年東京大学経済学部卒業後、同年伊藤忠商事に入社。2002年6月執行役員。04年4月常務執行役員繊維カンパニープレジデント。同年6月常務取締役。06年専務取締役。09年取締役副社長。10年4月より現職。

----------

(ジャーナリスト 児玉 博 的野弘路、尾崎三朗=撮影)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください