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テスラになくトヨタにある最大の武器とは

プレジデントオンライン / 2018年5月22日 9時15分

CES2018で自動運転機能を備えた商用電気自動車(EV)のコンセプト車「eパレット・コンセプト」を披露するトヨタ自動車の豊田章男社長(写真=時事通信フォト)

過去最高益と絶好調のトヨタ自動車。しかし「完全自動運転」など次世代自動車の対応は遅れているともいわれます。トヨタは本当に勝ち残れるのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「トヨタには世界最高と評価される経営モデルがある。テスラが量産化で苦しんでいるように、その座を脅かすのは容易なことではない」といいます――。(第5回)

※本稿は、田中道昭『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』(PHPビジネス新書)の第10章「トヨタとソフトバンクから占う日本勢の勝算」(全53ページ)の一部を再編集したものです。

■「3代目のボンボン」をネタにできる豊田社長の人柄

トヨタ自動車はいま、どのようなポジションにあると見るべきなのでしょう。トヨタがCES2018において発表した「モビリティ・カンパニー宣言」を分析すると、「現状、次世代自動車への対応において、競合とはかなりの差があるように見える」という結論が導き出されます。しかし、それでもなお、トヨタは勝ち残る。私はそう考えています。

第一の理由は、トヨタを率いる豊田章男社長の、危機感の高さです。

自称「カーキチ」、現役のレーシングドライバーでもある彼が社長に就任したのは2009年、52歳のときです。リーマンショックによる大打撃からの復活、そしてさらなる経営強化のため、組織の変革に積極的に取り組んできました。しかしそれも、従来の自動車産業の枠内での話。ここにきてにわかに、次世代自動車への対応に向け、危機感を募らせています。

「私は豊田家出身の3代目社長ですが、世間では、3代目は苦労を知らない、3代目は会社をつぶすと言われています。そうならないようにしたいと思っています」

CES2018のスピーチで豊田社長が口にした言葉ですが、これはあながちジョークとは言えない、本心を多分に含んだものだと私は見ます。同時に「3代目のボンボン」であることをネタにするところに豊かな人間性と頼もしさを感じるのです。

現在の日本企業では珍しく、経営者のセルフブランディングがコーポレートブランディングにもなっている好事例。これだけの大会社の経営者がボケ役として振る舞うというのは、なかなかできることではありません。

■「勝ち残りではなく生き残り」という言葉の意味

豊田社長の危機感は、メガテック企業の競争優位の源泉を正確に理解しているためでもあるのでしょう。2017年のアニュアルレポートから豊田社長の発言を引用します。

「いま、私たちの前には新しいライバルが登場しております。彼らに共通するのは、『世の中をもっと良くしたい』というベンチャー精神です。かつての私たちがそうであったように、どの業態が『未来のモビリティ』を生み出すのか、それは、誰にも分からないと思います。ただ、間違いなく言えるのは、次のモビリティを担うのは、『世の中をもっと良くしたい』という情熱にまさる者だということです」

ここでいう「世の中をもっと良くしたい」という精神は、コトラーが提唱した「マーケティング3・0」そのものです。多くの社会課題が叫ばれる現代においては、個人のニーズを満たす製品やサービスではなく、世界をより良い場所にすることが企業の存在意義となります。

トヨタのこれまでの歴史は、「自動車産業をつくる」という、大きなミッションとともにありました。豊田社長は、トヨタに入社直後、先代から「創業者を研究しろ」と命じられたそうです。研究の結果、創業者が「自動車産業をつくる」ことを使命としていたことを知りました。豊田社長は、この使命感を受け継ぎ、自動車産業全体を担う覚悟を内外に示してきています。その思いが、自動車会社からモビリティ・カンパニーへのシフトや、「勝ち残りではなく生き残り」という強い言葉などに示されているのだと私は考えます。

ならば「次世代自動車産業をつくる」ことが、豊田社長のいま目の前にあるミッションであるはずです。その実現のために、トヨタグループが総力を結集させることになるでしょう。

■EV追撃へオールジャパン体制で臨む

個別の取り組みを見ても、トヨタにしかない「凄み」があります。

2017年12月には、EVの基幹部品である電池の開発でパナソニックとの提携を検討すると発表しました。

田中道昭『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』(PHPビジネス新書)

電池はEV車のコストの大半を占めるものであり、EV事業を黒字化する際のボトルネックになるもの。パナソニックとの協業で、黒字化を急ぐ構えとみられます。

また既存のリチウムイオン電池に替わる次世代電池の有力候補であり、小さく軽量でありながら航続距離の長さや充電時間の短さ、安全性で優れる「全固体電池」の共同開発にも乗り出すといいます。

各国も研究開発を進めるなか、全固体電池はいまだ実用化の手前。それでもトヨタは2000年代から基礎研究を続けたという実績があります。そしてパナソニックは現在、リチウムイオン電池の世界最大手であり、テスラのパートナーでもある。トヨタとパナソニック、EV用電池で手を組むには現状、最強の相手だと言えるでしょう。電池を制するものが、電動化を制するのです。

今後はハイブリッドに偏ることなく、EV、燃料電池車(FCV)、プラグインハイブリッド車(PHV)といった電動車の全方位戦略を進め、2030年までに世界で550万台以上の電動車を、そのうちEVとFCVであわせて100万台以上の販売を目指す方針です。前述の通り、トヨタ、マツダ、デンソー、スバル、スズキ、ダイハツ、日野自動車の「オールジャパン」体制による新会社では「EV C.A Spirit」でEVの基盤技術を開発し、さらにはパナソニックとも連携。EVを本格展開する準備を着実に進めています。

■音声情報や位置情報にとどまるIT企業を凌駕

メガテック企業の強みとされるビッグデータの集積も進めています。ここでいうビッグデータとは、加減速や位置データなどの車両情報に、車両前方の動画データなど、車載センサーを通じて集められる全てのデータを指します。これらを、通信機能を搭載したコネクテッドカーから集めて蓄積しているのです。

ビッグデータといっても、音声情報や位置情報にとどまるIT企業を凌駕していると言えるでしょう。ここは極めて重要なポイントです。2016年には、こうしたビッグデータを活用して新しいサービスを開発する新会社「トヨタ・コネクティッド」を設立しました。

集められたビッグデータは「モビリティサービスプラットフォーム(Mobility Service Platform=MSPF)」に蓄積、サービス事業者向けにAPIを公開することで、自動運転の開発会社やライドシェア事業者、カーシェア事業者、物流事業者など、世界中の企業とオープンに共有、新たなサービスにつなげるとしています。

また2017年4月からは、KDDI、東京ハイヤー・タクシー協会と共に、都内を走る500台のタクシーからビッグデータを集めて解析する実証実験を行っています。こちらは2018年春から、トヨタの無料カーナビアプリ「TCスマホナビ」で配信する「レーン別渋滞情報」に活用される予定です。

IT業界ならずとも「データを握った者が勝つ」。次世代自動車産業における戦い方を、トヨタはしっかりおさえています。

■テスラがいま量産化で苦しんでいる理由

トヨタ生産方式の競争優位も、次世代自動車産業への移行後も揺らぎそうにありません。スマートファクトリーを標榜していたテスラがいま量産化で苦しんでいることからもわかるように、ハードがまだ「従来のガソリン車の延長」にある限りは、従来型の自動車産業の生産ノウハウ、量産化のテクノロジーがモノを言うからです。

そうなるとトヨタは強い。欧米のビジネススクールでも、オペレーションの授業で必ず取り上げられているのが、「カンバン方式」も含めたトヨタの生産方式です。

ご存じの方が多いかと思いますが、カンバン方式の特徴は徹底的なムダの排除にあります。異常が発生したら機械が止まるために不良品が生産されず、人間1人が何台もの機械を運転できるという「自働化」や、必要なものを必要なだけ必要なとき製造することでムダ、ムリ、ムラをなくそうという「ジャストインタイム」の考え方が象徴的です。カンバン方式の名称は、後工程が前工程に部品を調達しに行く際に、何が使われたかを相手に伝える道具として「カンバン」と呼ばれるカードを使用することに由来します。

トヨタのこうしたオペレーションシステムは「世界最高」と評価されています。だからこそ、世界中でトヨタの生産方式が研究されているのです。いまでは、「カンバン」をはじめとするアンドン、ポカヨケ、ゲンバといったトヨタ式の日本語が、海外でもそのまま用いられるようになっています。

■カンバン方式とは「経営モデル」そのもの

しかし、学んだところでその神髄までは、簡単にまねできるものではないのです。なぜなら、「カンバン方式」というのは、単なる在庫調整の手段ではなく、単なる生産方式でもありません。また単なる製販一体方式でも、製造業で言われている開発・製造・販売の一体方式でもありません。むしろ、長年にわたって築き上げてきた「経営モデル」そのものであると見るべきです。

裏を返せば、メーカーにおいては生産管理システムが経営システムに深く結びついている、とも言えます。メーカーでは、製造現場で求められてきた生産管理の手法を、必然的に全社レベルでの経営モデルとして導入しています。生産管理が、経営における各主要機能と深く結びついているためです。ある生産管理システムを本格的に稼働させていくには、全社レベルでの経営モデルとしての導入が不可欠。ならば、次世代自動車産業においても、ふさわしい生産管理の手法を経営レベルまで浸透させなければなりません。

■スピードを見れば、その会社の成長力が見える

この点において、トヨタは他社に大きく先行していると言えるでしょう。次世代自動車産業においても、トヨタがこれまで蓄積してきた知見に、他社がキャッチアップするのは、容易なことではないのです。

「スピード、すなわち同期化を見れば、その会社の業績や成長力が見える」

これは経営コンサルタントとして私が企業を最初に見るときの重要な視点の一つです。スピード経営がより重要な時代が到来していますが、特に開発・製造・販売での三位一体、関連部門間における経営の連鎖、高頻度でのPDCAの徹底などが必要となる製造業においては、その会社がどれだけのスピードで経営サイクルを回しているのかに全てが凝縮されているのです。

そしてそのスピードの大きな源泉となっているのが同期化。関連するすべてのプロセスのタイミングをそろえること。トヨタの生産方式のみならず、セブン-イレブンとメーカーのチームMD、ユニクロのSPA方式なども同期化が生命線になっています。

■トヨタの経営方式こそが、トヨタ最大の武器

組織における課題には多くの場合、組織間に壁がある、連鎖がされない、情報共有されない、リードタイムが長い、在庫が減らせない、欠品が減らせない、誰も意思決定しない、誰も責任を取らないなどの問題があります。開発・製造・販売が連鎖しないで、独自の考えに基づいて商品・販売・生産計画を立てることで、それぞれの部門間にバッファーやグレーゾーンとして在庫や欠品が蓄積してしまうことも、少なくない企業で引き続き経営課題になっているでしょう。

実は、「製造工場において在庫を減らすポイントとは何か」と「組織において経営スピードを上げるポイントとは何か」とは酷似しています。これらの問題解決を組織的かつ継続的に行ってきているトヨタの経営方式こそが、次世代自動車産業でもトヨタ最大の武器になると筆者は考えているのです。

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田中 道昭(たなか・みちあき)    
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティングおよびリーダーシップ&ミッションマネジメント。上場企業の社外取締役や経営コンサルタントも務める。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』など。

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(立教大学ビジネススクール教授 田中 道昭 写真=時事通信フォト)

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