死刑の議論からも逃げる安倍政権の無責任
プレジデントオンライン / 2018年8月2日 9時15分
■プロセスを語る生き証人を失った
これだけ立て続けに大量の死刑を執行したことは大きな疑問だ。政府の中でどのような議論を経て今回の執行が決まったのかを明らかにして、死刑制度の在り方について国会できちんと議論してほしい。
一連のオウム真理教の事件で、安倍政権がわずか1カ月足らずの間に前代未聞の13人という死刑執行を実行したことに対する沙鴎一歩の主張である。
7月26日、地下鉄サリン事件などオウム真理教による事件で殺人などの罪に問われ、教団元幹部ら6人の死刑が執行された。松本智津夫元死刑囚(執行時63歳、教祖名・麻原彰晃)を含む7人の刑はすでに20日前の6日に執行されている。これで確定死刑囚13人全員の執行がすべて終わったことになる。
ジャーナリストの江川紹子さんは、NHKニュースで「とうとうこういう日が来てしまったという感じだ。死刑囚だった人たちは、オウム事件の生き証人でもあったと思う。専門家が話を聞いて、この事件を研究し尽くして、そこからいろいろなものを学んでいくことが必要だったと思う。大きな区切りではあるが、これでこの事件が終わったとは思わない。今も苦しんでいる被害者が大勢いるし、事件から学ぶべきことは学んでいかなくてはいけない」と述べていた。同感である。
しかしながらいまの安倍政権はオウム事件の調査や研究を続けるつもりなどまったくないだろう。オウムの大量死刑執行について法務省幹部らは「平成の犯罪を象徴する事件は平成のうちに決着を付ける」と語っていると報じられている。そうした発言が裏付けるように、来年の天皇陛下の退位、改元、それに2年後の東京オリンピック・パラリンピックにかこつけたテロ抑止ぐらいしか、念頭にないと思われるからだ。
■死刑執行で幕引きにしてはならない
7月26日の2回目の死刑執行について、東京新聞と毎日新聞、そして産経新聞がそれぞれ社説のテーマに取り上げている。いずれも27日付朝刊で、扱いは1番手の社説だ。
東京新聞は「制度の在り方の議論も」という見出しを付け、リードで次のようにまとめている。
「オウム真理教事件の死刑囚六人の刑が執行され、事件の死刑執行はすべて終わった。だが、日弁連などは死刑制度の廃止を求める声明を出している。不透明な制度の在り方などの論議は必要である」
日弁連のようにいますぐに死刑制度を廃止すべきだとまでは言わないが、少なくとも議論は必要である。
与野党問わず、超党派の形で死刑に詳しい国会議員が中心となって問題点を提起すべきだ。国会の傍聴などで私たち国民もその議論にできる限り参加し、死刑の是非を社会全体で考えたい。
7月6日にオウム7人の死刑が執行された後、15日付のこの連載では冒頭部分で「確かにオウム事件の衝撃性はとてつもなく強かった。だが、その衝撃性に気を取られることなく、私たちひとりひとりが冷静にオウム事件とは何だったかを自らに対して問い続けることが重要だと思う」と指摘し、「たとえばなぜ、高学歴の若者たちが本来の歩むべき道を外れてオウム真理教に加わり、他に類を見ない罪を犯したのか。これを解明する努力を怠ってはならない。死刑制度の是非は別として、死刑執行が幕引きではない」と訴えた。
江川氏も強調しているが、死刑執行で幕引きではないのである。
■法務省の対応は「不透明」のひと言に尽きる
東京社説は次々と疑問点を挙げていく。
「ある同省幹部が『平成の事件は平成のうちに』と語ったと伝えられる」
「来年の天皇陛下の退位を念頭に置いた発言だろうが、それにしてもなぜオウム死刑囚に限っての一斉処刑なのかの答えにはならない。前回は元代表の麻原彰晃元死刑囚やサリン製造役が中心で、今回は林泰男死刑囚ら地下鉄サリン事件の散布役が中心だった」
「法務省は一連の執行順序についての理由をほとんど説明しないでいる。不透明だといわざるを得ない。『執行は当然』という遺族の方々の心情はもっともである。それでも心神喪失が疑われたり、再審申し立てやその準備の段階にある場合はどう判断しているのか、それを国民に説明しない姿勢には疑問を持つ」
なぜオウムだけ「一斉」なのか。どうして「製造役」と「散布役」を分けたのか。「心神喪失の疑い」や「再審申し立て」を行っている死刑囚についてはどう考えたのか。東京社説が指摘するように、法務省の対応は不透明である。
■「日本だけが死刑を忠実に実行している」
さらに東京社説は「死刑は国家権力の最大の行使でもあるからだ。一〇年の千葉景子法相時代は報道機関に刑場の公開をしたこともあるが、それ以降はそんな雰囲気も消えてしまった」とも書く。これまで国が死刑制度の是非を問う特定の行動をしたりすることはほとんどなかった。それゆれオウム大量死刑をきっかに国民的な議論にするべきなのである。
東京社説は世界の死刑制度についても言及する。
「世界百四十二カ国は死刑の廃止・停止であり、欧州連合(EU)に加盟するには、死刑廃止国であるのが条件になっている。OECD加盟国でも、死刑制度があるのは日本と韓国・米国だけだ。でも韓国はずっと執行がない事実上の廃止国である。米国も十九州が廃止、四州が停止を宣言している。つまり、死刑を忠実に実行しているのは日本だけなのだ」
「日本だけが死刑を忠実に実行している」とまで皮肉って書かれると、安倍政権も放っておけないだろう。今後、安倍晋三首相がどう動くのか、注目したい。
最後に東京社説は駄目押しする。
「国連からは死刑廃止の勧告を何度も受け続けている。もっと国際的な批判を真面目に受け止めた方がよかろう」
■「政府の手で報告書作成を」と毎日
次に毎日新聞の社説を紹介したい。
冒頭部分で「刑の執行で事件を風化させてはならない。一宗教団体が国家転覆をもくろみ、サリンを使った化学テロを実行した。なぜ、これほど大きなテロが企てられ実行されたのか。その疑問は完全には解消されていない」と指摘した後、オウム事件の未解明部分に触れていく。
「教団に対する捜査を指揮していた警察庁長官の銃撃事件は、教団信徒だった元巡査長らが逮捕されたが、不起訴となり時効が成立した。こうした捜査の不手際などは十分に検証されていない」
「地下鉄サリン事件をはじめ、個々の事件については刑事裁判の場で真相の解明が図られた。だが、法廷に提出される証拠は限られる。裁判記録を積み重ねても事件の全体像を描くのは難しい」
「警察や検察、公安調査庁、さらには地下鉄サリン事件の被害現場に入った自衛隊などさまざまな機関が独自に情報を収集しているはずだが、これまでほとんど表に出ていない」
こう書いたうえで毎日社説は「政府の手で報告書作成を」(見出し)と訴える。
「一連のオウム事件は、死者27人、負傷者6000人以上を数えた未曽有の犯罪だ。政府の手で全ての記録を集約し、後世に教訓として残すための報告書を作成する必要がある。営団地下鉄(現東京メトロ)など民間の記録もあれば、それらを含め文献として残すべきだ」
そう言われてみれば、政府による報告書などない。政府内部にはそれなりの報告書はいくつかあるだろうが、それらが公表されたこともない。
最後に毎日社説は「短期間に13人もの死刑を執行した例はこれまでにない。今回の執行はどのような議論を経て具体的な手続きが決まったのか。こうした内容も報告書に盛り込むべきだ」と主張するが、当然だ。
■産経よ、「合法」だから問題ないのか
産経新聞の社説(主張)は「反省は生かされているか」との見出しを掲げる。書き出し部分で、「国内に大規模なテロ集団を生んだ反省を今後に生かさなくてはならない」と訴える。何が反省で、どう生かしていくのだろうか。そう考えながら読み進むと、案の定である。
「今年1月、元信者の高橋克也受刑者の無期懲役が最高裁で確定し一連のオウム裁判は終結した。刑の執行を妨げるものは事実上、なくなっていた」と書いたうえで、「刑事訴訟法の定めにより、法相の命令によって執行を粛々と進めるのは、当然の責務である」と指摘する。
産経新聞は7月7日の1本社説でも現行法を頼りに「執行は法治国家の責務だ」(見出し)と同様の主張を繰り返していた。
いくら「合法だ」とは言え、前代未聞の13人という人数をまとめて絞首刑にして「当然だ」というような主張は一辺倒で薄い。法律ですべての問題が解決されると考えること自体がおかしいからだ。
■「平成の終わり」での死刑執行は思考停止ではないか
さらに産経社説は筆を進める。
「地下鉄サリン事件は都心で、一般人に向け化学兵器が使われた世界初の無差別テロとして、世界を震撼させた。そうした異常な集団を生み、残虐な犯罪を防ぐことができなかったのはなぜか。しかも教団の後継団体は今も存続し、一部は教祖への帰依を強めているとされる。現状をみる限り、反省が生かされているとは言い難い」
どうやら、「反省が生かされているとは言い難い」というのが産経社説の一番の主張のようだ。
続けて「教団の解散を目指した破壊活動防止法の適用申請は棄却され、新設した団体規制法は解散命令を出すことさえできない」と指摘し、「国連が採択した国際組織犯罪防止条約の批准を目指して共謀罪法案の提出、廃案を繰り返し、ようやく昨年、テロ等準備罪と名を変え、内容を厳格化させて新設されたばかりだ」と書く。
産経社説の主張にも一理はあるだろうが、法律だけですべてを解決するには無理がある。これでは「政権擁護」と批判されても仕方がない。
野にある新聞社として重要なことは、東京新聞や毎日新聞の社説が訴えているように法務省の対応など不透明な部分を明らかにし、死刑制度の問題点を議論するよう求めることだと思う。「平成の終わり」という理由で死刑をまとめて執行するというのは、思考停止ではないだろうか。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)
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