痴漢の擁護に走った「極論雑誌」の末路
プレジデントオンライン / 2018年9月23日 11時15分
■二階氏は「いろんな人生観がある」と好意的に発言
もはや「新潮45事件」といってもいいだろう。
自民党の杉田水脈衆院議員が「新潮45」(8月号=編集兼発行者・若杉良作)に書いた「『LGBT』支援の度が過ぎる」の中で、「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子どもを作らない、つまり『生産性』がないのです」と書いて、大きな批判が巻き起こった。
自らレズビアンであることをカミングアウトした立憲民主党の尾辻かな子衆院議員は、「LGBTも納税者であることは指摘しておきたい。当たり前のことだが、すべての人は生きていること、その事自体に価値がある」とツイッターで批判。
昨年、日本人男性と結婚したことをブログで公表したロバート・キャンベル東京大学名誉教授は、「杉田氏のような思考は、性的指向を伝えられずにいる日本の若者たちを苦しめてきました」と指摘。その上で、性的"嗜好"は、杉田議員のいうような脱着可能なアクセサリーのようなものではなく、「性的"指向"は生を貫く芯みたいなもの」だと、自らの覚悟を示して見せた(注:強調は筆者)。
だが、こうした差別発言には慣れて麻痺している二階俊博・自民党幹事長は、「人それぞれの政治的立場、いろんな人生観がある」と発言して失笑を買った。
この背景には、杉田議員が日本維新の会から自民党に鞍替えして、安倍晋三首相の出身派閥に所属している安倍チルドレンの一人だという忖度もあったのかもしれない。
■「新潮45」の常連執筆者も編集部を批判
だが、これに意を強くしたのか、杉田自身もツイッターで「(先輩議員から)間違ったことをいっていないんだから、胸張ってればいいよ」などとつぶやいたのである。
その後、自民党はウェブサイトに、「杉田議員の寄稿文に関しては、個人的な発言とはいえ、問題への理解不足と関係者への配慮を書いた表現があることも事実」だと掲載したが、それは「新潮45」の発売から2週間もたってからだった。
朝日新聞、毎日新聞は7月25日付で、「LGBT 自民の認識問われる」「杉田水脈議員の差別思考 国民の代表と呼べない」と、こうした差別発言の出てくる自民党の体質を厳しく批判する社説を掲載した。
「新潮45」の常連執筆者であるコラムニストの小田嶋隆までもが、次のように編集部の姿勢を批判した。
具体的に申し上げるなら、当該の発売号をパラパラとめくりつつ
「おいおい、『新潮45』は、ついにこのテの言論吐瀉物をノーチェックで載せる媒体になっちまったのか」
と、少しく動揺せずにはおれなかったのである。
日経ビジネスオンライン「杉田水脈氏と民意の絶望的な関係」2018年7月27日
■なぜ「生産性」にかぎかっこを付けたのか
ここで、私が最初に、この文章を読んだとき考えたことを書いておきたい。
私は、講談社という出版社に36年間在籍していた。その間、仕事のほとんどは週刊誌か月刊誌、それも一般男性誌といわれるジャンルばかりだった。
その間、「平地に乱を起こす」ことばかりを考えていた。平和ボケしている日本に異論や極論という爆弾を投げ込み、それを巡って論争や批判を起こす。編集者の得もいわれぬ楽しみである。
私はこの杉田議員の文章を一読して、若杉編集長が「暴論が炎上して話題になり、売り上げにつながればいい」と考えたのだろうと思った。だが、違和感を感じた箇所があった。
なぜ、生産性にかぎかっこを付けたのだろう。元々の原稿にあったのか、わざわざ編集部が付けたのだろうか。
かぎかっこは、その言葉を強調するために付けられる。全体はLGBTについて書いているのだが、この生産性を強調することで、子どもを作らない男女も生産性がない、国に貢献していない存在だという印象が強くなってしまうのだ。
これによってLGBTの人たちばかりではなく、子供を欲しくても授からないと悩み苦しんでいる人たちも傷つけ、怒りを買ってしまったのである。
■杉田議員は大ボスの安倍首相夫妻の心まで傷つけた
子どもを作れない人=生産性がない人=非国民。ウルトラ保守派の考えそうな単細胞的思考に思えてならないが、なぜ、編集部は見逃したのか、それとも加筆したのだろうか。
校閲界の東大といわれている新潮社の校閲部が、どうしてここをチェックしなかったのか。チェックしても、編集部が無視したのだろうか。聞いてみたいものである。
これは私の誤読ではない。それが証拠に、杉田を自民党に誘って比例の上位に押し込んだ安倍首相も、TBSの番組に出て、この問題について聞かれ、「私の夫婦も残念ながら子宝に恵まれていない。生産性がないというと、大変つらい思いに妻も私もなる」と語っているのである。
杉田議員は、自分の大ボス夫婦の心まで傷つけてしまったのだ。
私は、政治家に一番必要な資質は、自分の考えていることを、言葉で正確に国民に伝える能力だと思っている。しかし、安倍首相にしても、この杉田議員にしても、その能力が著しく劣っていると思わざるを得ない。
■世間にケンカを売るときは、批判への対処を考えておくべき
編集部の思惑通り、杉田論文(論文と呼べるほどのものではないが)には、発売直後から大きな批判が起こり、大炎上したのである。
当時、取材に来た朝日新聞に私はこう話している。
取材費がかさみ売れ行きも読めないノンフィクション路線より「手軽に過激化できるオピニオン路線のほうが固定客を期待できると判断したのだろう。『悪名は無名に勝る』は編集者の性(さが)でもある」と元木さんはいう。
朝日新聞デジタル「杉田水脈氏寄稿、出版社の責任は ネットと深化の影響も」8月7日
付け加えると、部数が減少しているため(日本雑誌協会によると、「新潮45」の16年の平均発行部数は2万部超だったが、今年1~3月は1万7200部)、編集部がとった戦略は「正論」(産経新聞社)や「月刊Hanada」(飛鳥新社)のような"極右"路線だった。
朝日新聞や中国・韓国、さらに安倍政権に批判的なジャーナリストや学者をたたくほうへ舵を切るのだが、他誌との差別化ができないため伸び悩んでいた。
そこで若杉編集長が考えたのが、大暴論を吐く人間の起用だったと、私は思う。
この考え方を、私は否定しない。雑誌というのは、さまざまな意見が載っていていい。編集部と考えの違うことを作家や評論家が書いてきても、あれは編集部の見解とは異なるといえばすむ。
だが、世間にケンカを売るときは、それが出た時に起こる批判にどう対処するのかを、発表前に考えておかなくてはいけない。これは雑誌作りのイロハである。
■2012年に「週刊朝日」で起きた連載中止騒動
覚えているだろうか。2012年に「週刊朝日」がノンフィクション作家・佐野眞一氏の緊急連載「ハシシタ 奴の本性」を始めた。
その中で、橋下徹大阪市長の出自を同和地区だとし、町名や地番まで書き込んだ。当然だが、橋下は週刊朝日ではなく、その上の朝日新聞を標的にして、猛然と抗議した。
私はこの時、週刊朝日側は、橋下が抗議してくることは十分予想できたはずだから、次に放つ二の矢、三の矢を考えているのだろうと思った。佐野氏の文章が、いつものような書き方ではなく、相当乱暴だったのも、橋下を挑発するための戦略だろうと考えていた。
だが、そうではなかった。朝日新聞側は慌てふためき、週刊朝日は担当者も編集長もひと言も抗弁することなく、全面降伏してしまったのである。筆者の佐野に連載中止を知らせてきたのは、白旗を掲げてだいぶ時間がたってからだった。
呆れ果てた。朝日新聞グループの伝統ある週刊誌が、ただ世間を騒がしてやれという目的だけのために、公職にある人間を同和だと名指ししたのである。
それなりの覚悟はあるはずだ。そう思っていたがまったく違った。結局、週刊朝日を発行している朝日新聞出版の社長はクビになり、編集長は更迭され、雑誌は残ったが、大きな痛手を負ってしまった。
■杉田論文を擁護する「大物筆者」がいなかった
今回はどうか。今月18日に発売した「新潮45」(10月号)で、編集部は、一連の杉田批判に対しての批判は「見当はずれ」で「主要メディアは戦時下さながらに杉田攻撃一色に染まり、そこには冷静さのカケラもなかった」と謳って、「特別企画 そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という7人の書き手による39ページの反論特集を組んだ。
こういう場合、こんな大物も編集部の見解に理解を示しているのかと、読者に思わせる書き手を起用する。これも雑誌作りのイロハである。
だが、新潮45が巻頭に起用したのは藤岡信勝氏であった。肩書に「新しい歴史教科書をつくる会副会長」とあるように、産経新聞が発行している右派雑誌、正論の常連執筆者で、杉田議員と考え方が近い人物である。
次の小川榮太郎氏は杉田議員と対談本『民主主義の敵』(青林堂)を出し、第18回正論新風賞を受賞している。
私は「正論」がどうこうといっているわけではない。杉田議員の考え方を擁護し、批判する人間たちに一太刀浴びせようと編集部が意図したのなら、この人選は間違いだったと思う。
この程度の書き手にしか出てもらえなかった時点で、編集部側の敗着が決まった。この内容では出すべきではない、そういう編集部員が一人もいなかったのだろうか。
■「痴漢が触る権利を社会は保障すべき」という暴論
雑誌は編集長のものだから、思っていてもいい出せなかったのだろう。
「私は雑誌の発売直後、騒動が起こる前に読んだのだが、全く何の違和感を持たなかった」(藤岡氏)という問題意識のない人間や、「『生産性』発言については複雑な思いを抱いています。相模原障害者殺傷事件と同じ優生思想だとの批判はもっともだと思いながらも」と、戸惑いを隠せない松浦大悟元参院議員(落選後、ゲイであることをカミングアウトした)、「杉田氏の『生産性』という発言は、過去の『新潮45』の中でもありました。当時杉田氏は議員ではありませんでしたが、今は自民党の衆院議員。発言には気をつけなければいけません」とたしなめるユーチューバーのKAZUYA氏などバラバラで、「真っ当な議論のきっかけとなる論考」(新潮45のリード)になどなっていないのである。
極めつけは文芸評論家の小川氏の「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」という、杉田論文をもはるかに超えて、「公衆便所の落書き」(作家・高橋源一郎氏)如きものとしかいいようのない駄文である。
小川氏はまず「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもない」と宣言する。
問題になっている核心を知ろうとしないで、杉田論文を擁護しようというのだから、あとは推して知るべしではあるが、暴論の核心部分はここだ。
満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深ろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。
彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか。触られる女のショックを思えというか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく
小川榮太郎「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」(「新潮45」10月号)より抜粋
この暴論の上塗り発言には、新潮社の内部からも批判の声があがった。
■社長名義での見解公表は遅きに失したというしかない
9月18日深夜から、新潮社の公式アカウントのひとつである「新潮社 出版部文芸」は、「どうして低劣な差別に加担するのか」「ヘイト論文掲載について開き直り正当化」「新潮社の本はもう買わない」といった批判的なつぶやきを次々とリツイートした。
このリツイートはいったん削除されたが、19日朝から再開された。さらに新潮社の創業者・佐藤義亮氏の「良心に背く出版は、殺されてもせぬこと」という言葉も投稿された。作家たちも声をあげた。
「一雑誌とは言え、どうしてあんな低劣な差別に加担するのか、わからない」(作家・平野啓一郎氏)
「読者としても、執筆者の一人としても残念です。編集長の若杉さんには、直接その旨伝えましたが」(作家・適菜収氏)
新潮社の本を棚から撤去した書店も出てきたことで、ようやく危機感を覚えたのだろう。佐藤隆信社長が21日、「ある部分に関しては、あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現が見受けられました。差別やマイノリティの問題は文学でも大きなテーマです。文芸出版社である新潮社122年の歴史はそれらとともに育まれてきたといっても過言ではありません。弊社は今後とも、差別的な表現には十分に配慮する所存です」との見解を公表したが、遅きに失したというしかない。
■少数野党をたたくことにどんな意味があるのか
付け加えれば、今号の新潮45の巻頭特集は「『野党』百害」である。
トップ記事は中国・韓国へのヘイト本として強く批判されている『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社α新書)を書いたケント・ギルバート氏の寄稿だ。
野党は議論が下手だし議論する能力もない、民主主義の中核を担う政党としては失格だと切り捨て、中には売国奴のような人がいるとまでいうのだ。全編野党に対するヘイト文といってもいいだろう。
だが、現在、衆議院で3分の2を超える自公をたたかず、少数野党をたたくことにどんな意味があるのだろう。そんなに権力にすり寄りたいのか。権力者に頭をなでてもらいたいのだろうか。
雑誌は反権力でなければならないと青臭いことをいうつもりはないが、安倍政権をやみくもに賞賛し、朝日新聞という一メディアをたたく右派雑誌が3誌も4誌もある国なんて、日本だけだろう。おかしいと思わないか。
新潮社は保守的な出版社ではあるが、権力とは常に距離感を保ってきた。このままいくと、新潮社で本を出すのは嫌だという作家やライターが続出するのではないか。
■編集長の更迭や、雑誌の休刊ですむ話ではない
2009年に週刊新潮は大誤報をしている。2月5日号(1月29日発売)から4号にわたって、朝日新聞記者2人を殺傷した朝日新聞阪神支局襲撃事件(いわゆる赤報隊事件)の実行犯を名乗る男の手記を載せたのだ。
週刊新潮は誤報と判明した後もよくわからない文章を掲載するなど迷走を極めた。編集長は更迭されたが、週刊誌への不信感を高めることになった。
このままでは週刊誌は消えていく。危機感を抱いた私は、上智大学で「週刊誌が死んでもいいのか」というシンポジウムを開いた。会場に入れない人が何百人も出るなど盛況だったが、だからといって週刊誌を含めた雑誌の危機が去ったわけではない。
今回の新潮45問題は、そのとき以上の危機だろう。編集長の更迭や、雑誌の休刊ですむ話ではない。
(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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