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なぜテスラはEVの量産に苦労しているか

プレジデントオンライン / 2019年2月2日 11時15分

テスラのイーロン・マスクCEOは電気自動車の量産に苦戦。(AFLO=写真)

■デジタルの世界と私たちの住む世界は違う

アップル、グーグル、アマゾンなどのICT(情報通信技術)企業が隆盛を極め、AI(人工知能)、IoTといったデジタル技術の発展が注目される中、「日本のものづくりは大丈夫か」と不安視する向きがあります。自動車を例に挙げれば、今後はEV(電気自動車)や全自動運転が一気に普及し、複雑な自動車組み立てラインも自動化され、日本のメーカーの優位性は失われてしまうのではないか、という危惧です。

しかし、物事はそう単純ではありません。デジタルの世界は、電子と論理で動く「重さのない世界」です。一方、私たちの住む世界は物理法則が働く「重さのある世界」です。

重さのある世界は、重さのない世界よりもはるかに複雑です。自動車の場合、1トンもの物体を時速100キロメートルで安全に走らせるために、戦闘機のそれをも上回る規模の組み込みソフトウエアが車載ネットワークでつながり、1000分の1秒単位で自動車を制御しています。

また、その部品を作る工作機械にもミクロン単位の加工が求められます。これらは現在のICTの巨大な情報処理能力をもってしても、それだけで制御しきれる情報量ではありません。もちろん、情報処理能力は爆発的に伸びていきますから、いろいろなモノやコトの自動化が可能になりますが、いずれもそう簡単ではありません。

■依然として従来の「ものづくり」の技術も重要

囲碁でAIが人間に勝ったように、重さのない世界ではICTが威力を発揮しますが、自動車のように重さのある世界では、依然として従来の「ものづくり」の技術も重要だということです。テスラがEVの量産に苦労していることは象徴的です。

この違いを考えるうえで鍵となるのが、アーキテクチャ(設計思想)という考え方です。製品や生産設備などの人工物にはそれぞれアーキテクチャがあり、(1)機能要素と構造要素(部品など)の関係が複雑に絡み合ったインテグラル(すり合わせ)型と、(2)機能と構造が一対一対応でシンプルに対応するモジュラー(組み合わせ)型の間のどこかに位置づけられます。

さらに、モジュラー型は機能・構造が一対一対応のため、機能完結的な部品が多いので、これらを業界標準のインターフェース(結合部分)でつなげば、企業の垣根を越えた部品の組み合わせが可能になります。この場合を「オープン・モジュラー型」「オープン・アーキテクチャ」と呼びます。逆に、部品のすり合わせや組み合わせの可能性が一企業内で閉じている場合を「クローズド・アーキテクチャ」と呼びます。インテグラル型はその一種です。

■日本企業は「オープン型」での戦い方を苦手としてきた

この考え方を用いると、「重さのない世界」=ICT空間では、工夫次第でソフトウエアやデバイスやサービスシステムをオープン・モジュラー型アーキテクチャにしやすく、「重さのある世界」で、特に高い機能を要求される製品は、部品間で細かい設計調整を必要とする複雑なインテグラル型アーキテクチャになる傾向があります。

日本の優れた生産や開発の現場は、調整力やチームワークに優れ、インテグラル型の製品を得意としてきました。日本の自動車メーカーが得意とする低燃費・高機能のガソリン車やハイブリッド車は、インテグラル型製品の代表格です。

一方、アップル、グーグル、アマゾンなどは、オープン・モジュラー型の製品やシステムの勝者(=プラットフォーム盟主企業)です。勝者となるには、単に良い製品をつくるのではなく、それを出発点として、業界標準インターフェースを構築し、結合可能な他社の製品(補完財)を仲間に引き込み、そのエコシステムの盟主となり、他社の力も利用しながら巨大企業に成長するための高度な戦略が要求されます。

大仕掛けな本社戦略が弱い傾向があった日本企業は、こうしたオープン型での戦い方を苦手としてきました。

■上空は無理でも、地上や低空では勝負できる

デジタル化が進む現在の産業世界は、「上空」と「地上」、その間をつなぐ「低空」の三層のアナロジー(類比)で捉えることができます。

「上空」はICT層です。この空間はアメリカ主導で、破壊的な革新が繰り返されています。設計思想はオープン・アーキテクチャであり、前述のプラットフォーム盟主企業が割拠しています。この世界では、残念ながら日本企業の存在感はほとんどありません。

「地上」はものづくりの現場です。この層は、今も現場改善など進化の世界で、現場力や技術力をコツコツ地道に積み重ねてきた日本やドイツの産業現場が依然として力を持っています。

■ドイツが掲げた「インダストリー4.0」

今後、重要になるのが「低空」領域、すなわちものづくりの現場とICT層をつなぐインターフェース層における世界規模での主導権争いです。ドイツが掲げた「インダストリー4.0」はこの層をターゲットとしています。工場のデジタル化を手がけるシーメンスなどは、まさにこの「低空」層で主導権を握ろうとしています。

「上空」の制空権が一握りの企業に握られている中で、「地上」を得意とする日本企業が採るべき1つのアーキテクチャ戦略が「中インテグラル(クローズド)・外モジュラー(オープン)型」による「強い補完財企業」戦略です。プラットフォームはオープン・アーキテクチャでも、それを構成する個々の補完財の中身のアーキテクチャはインテグラルでありえます。そこで、ものづくりの現場は中アーキテクチャの高度化を追求します。

中身が高度で複雑であればあるほど、他社は真似をしづらくなります。ただし、顧客ごとに一からカスタマイズをしていては、コスト高で利益が出ません。そこで、本社は自社が主導権を握りつつ外とつながるために、外側のインターフェースの標準化を仕掛けるのです。

■村田製作所やシマノは、なぜ世界で成功したか

その代表例が、日本のセラミックコンデンサー産業です。例えば村田製作所は、ものづくりの強みに加えて、自社製品の寸法規格を事実上の業界標準としてユーザー企業に認めさせています。その結果、1個1円以下のセラミックコンデンサーを大量にスマートフォンメーカーなどに販売し、高収益を上げています。

また、自転車部品メーカーのシマノも、こうした戦略を採る企業の1つです。各自転車メーカーでは、シマノの部品を使うことを前提とした製品開発が当たり前になっています。

周辺国の動きを見ると、この戦略は今後ますます有望です。これまで、アメリカはハイテク・モジュラー国、中国はローコスト・モジュラー国でした。両国がタッグを組むことで、ハイテク製品の低コスト生産が可能になり、高コストでモジュラー型が苦手な日本は1990年代から2000年代にかけて苦戦を強いられました。しかし、中国の人件費上昇で、10年代に入り、生産性を高めることで中国とコストで勝負できる日本企業が出てきました。

■日本企業には米中双方から注文が殺到する可能性

中国は今、製造業発展のための長期戦略「中国製造2025」を掲げ、アメリカのようなハイテク・モジュラー国を目指しています。シーメンスの戦略もあり、レゴブロックのようにシステムを組んだモジュラー型の自動化工場を中国は次々と導入しています。

これらの動きを踏まえると、今後は米中両国がハイテク・モジュラー国としての覇権を争うことになります。より高性能な製品をモジュラー型で作るには、モジュール自体は高度でなければならないため、インテグラル化します。すると、インテグラル型が得意な日本企業には米中双方から注文が殺到する可能性があります。

したがって、日本企業が得意としてきた現場力は、今後も強みとして地道に向上させていくことが求められます。そのうえで、これまで弱かった本社の戦略構想力を高めていくことが重要です。強い現場と強い本社の両輪が回れば、日本企業はそうそう負けないはずです。

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藤本隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授・ものづくり経営研究センター長
東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A.)。専攻は技術管理論・生産管理論。著書に『現場から見上げる企業戦略論』『日本のもの造り哲学』『能力構築競争』ほか多数。

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(東京大学大学院経済学研究科教授 藤本 隆宏 構成=増田忠英 写真=AFLO)

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