"口を割らない社員"を会社は最後まで守る
プレジデントオンライン / 2019年1月11日 9時15分
■「即日判決」の裁判には思いがけないドラマがある
裁判所には正月明けの1月前半、年度切り替えの3月末から4月前半、8月のお盆前後など、年に何度か公判数が激減する時期がある。なかでも独特の雰囲気なのは年末。大きな事件はわずかになり、窃盗などの小事件がずらりと並ぶ。不法滞在や薬物などで捕まった外国人の裁判も多い。全面的に罪を認めたものについては即日判決(初公判の日に一気に結審し、判決まで行うこと)になることもめずらしくない。
他の事情もあるのだろうが、僕にはこれがクリスマスや正月を娑婆で迎えるための、裁判所なりの配慮に思える。執行猶予付の判決になることが確実な被告人に、年明けまで持ち越さず判決を下せば、拘置所で寂しいクリスマスや正月を迎えなくて済むからだ。
裁判所にとっても、新たな年を迎える前に一定数の判決を下すのは、意味のあることだろう。僕は、被告人にとっても裁判所にとってもハッピーといえる即日判決を聞くのが好きだ。
■大麻35mg、LSD1.8mlを持っていた50代の会社員
昨年12月某日に傍聴した大麻取締法違反等の裁判も、初犯+罪を認める+復帰後の仕事を確保、の要素を満たし、執行猶予付き判決が濃厚。即日判決もありそうだと期待した。保釈中の被告人は50代の男性だ。どういう経緯で捕まったのかと身を乗り出すと、これが大胆なのである。
被告人は密売人から購入した大麻を2種類の小物入れにいれ、社用車の助手席ポケットに放り込んでいたのだという。その量、35グラム超。紙巻きタバコ1本分の葉の量は0.7グラム程度とされるので、単純計算で50本分以上になる。しかも、他に液体のLSD1.8ミリリットルも所持していた。LSDは微量で効くので、これもまた相当の量である。検察によれば、20~30回分にあたるそうだ。
発覚したのは、警ら中の警官が、駐車場で被告人が車の中で着替えをしているのを見て不審に思い職質したため。小物入れに気づいた警官が中身を確認したところ、大麻だったというわけだ。被告人は最初、ハーブだと言ってごまかそうとしたようだが、すぐに大麻だと認めている。科捜研で鑑定し、本物と断定された。
■なぜ、勤務先は保釈金を負担し雇用を続けると証言したのか
取り調べで、被告人は大麻やLSDの使用歴が30年にもなると明かしているから、大ベテランと言っていい。40歳ころからは2カ月に一度のペースで購入し、上野や秋葉原の路上で週に一度は吸っていたそうだ。理由は同居している母親に見つかりたくないから。大胆だなあ。臭うだろ大麻。
今回所持していた大麻は、逮捕される1カ月前に40グラム買ったものの一部。昔は10グラムずつ買っていたが、使用量が増えたためまとめ買いするようになり、数年前からLSDも購入。大麻への常用性も認め、母に心配をかける結果になったと後悔の気持ちを延べた。覚醒剤ではなく大麻やLSDだったのは、本などで覚醒剤の危険性を知っていたからだったという。
被告人に前科はなく、素直に罪を認めていることから執行猶予がつくだろう。所持量が多いこと以外に、目を引くような点もない。よくある薬物関連の事件だが、めったにないことが2つある。
1)勤務先の上司が証人として出廷し、今後も雇用を続けると明言した。保釈金も雇用先が負担
2)取り調べでも裁判でも、部分的な黙秘を貫いている
■30年の大麻常習者をクビにしない理由
1について、上司は、被告人は勤務態度が真面目かつ有能で、クライアントの信用も厚いことから、執行猶予付き判決の場合は雇用を続け、被告人を支えていくと断言。具体的には宣誓書を書いてもらう、日報や電話で勤務状態を把握する程度のことだが、会社全体で更正をサポートする態勢ができているという。
「会社では今回の事件のことを秘密にせず、社員すべてが知っております」
内々にせず、全員で見守る。それが被告人にとって最大の励みにもプレッシャーにもなるという考え方なのである。素晴らしすぎて、何か被告人をかばう理由があるのではないかと疑いたくなるほどだ。
個人的意見だが、僕は所持していたのが大麻とLSDだったからだと思う。覚醒剤なら周囲の見る目は格段に厳しくなるだろう。大麻は日本でこそ禁止されているけれど、海外では合法的に吸えるところも増えている。
ただ、30年も前から吸っているとなると面白半分で吸ってみたという言い訳は通じない。被告人、大麻が大好きなのだ。それでもクビにしないということは、仕事においてよほどのやり手なのだろうか。それとも、大麻に寛容な社風なのだろうか。
■「誰からどこで購入したか」については黙秘を貫く
それ以上に妄想を掻き立てられたのは、2の黙秘権の使用だった。裁判では初公判の冒頭、裁判長が必ず、黙秘する権利があることを被告人に告げる。以下のような内容だ。
「被告人は審理の中でさまざまな質問を受けますが、質問に答えたくなければ黙っていることができます。また、答えたい質問には答え、答えたくない質問には答えないこともでき、それによって被告人に不利が生じることはありません。ただし、法廷でしゃべったことは、それが被告人にとって有利なことであれ、不利なことであれ、すべて証拠として採用されますから、その点を考慮して話してください」
この権利が小さな事件で使われることは少ない。関係者の実名を伏せる被告人をときどき見かける程度だ。しかし、この被告人は警察での取り調べ段階から一貫して、誰からどこで購入したか明かしていないのだ。公判でもその姿勢は変わらない。
「(路上では)1回に紙巻きタバコ状にして、3本くらい吸っていたのですね」
「はいそうです。昔は10グラムずつ買っていましたが、だんだん増えてしまいました」
「上野や秋葉原の路上で吸っていたと。購入もそこで?」
「それは……黙秘させていただいております」
■検察の脅しにも屈しなかった被告の腹の内
表情を変えずサラッと権利を行使する被告人。今度は検察が軽い脅しをかけてきた。
「あなたが買った相手には捜査の手が及んでいない。購入先を言えず、それでいて薬物をやめますと言われて、信じてもらえると思いますか」
「私にはわかりません」
断固拒否。あぁ、これは言わないなと傍聴人にもわかる。
検察が言うように、買った相手を捕まえないと同種の事件は後を絶たない。再犯の可能性が高いとも思われる。なのに、かたくなに拒否するのはなぜだろう。
闇組織からの報復を恐れてのことなのか。イモづる式に関係者に捜査の手が伸びるのを防ぐためか。それとも、もっとヤバイ薬物を買っていたのか。実刑にはならないと計算し、シャバに出たら再び密売人と接触するのでは……。
黙秘するのは、口にすることで失うものが大きいため、と考えるのが一般的だ。傍聴人の僕でさえ、たちどころにいくつか、言いたくない理由を思い浮かべたくらいだから、警察での追及はさぞかし厳しかったに違いない。
■有罪判決の被告はなぜ信頼できる男に見えるのか
しかし、見方を変えれば、被告人の一貫した態度は、黙秘という権利をつかった見事なパフォーマンスでもあった。短時間の傍聴にも関わらず、僕が被告人から得た印象はつぎのようなものだ。
口が堅い。約束を守りそう。意見をコロコロ変えない(ブレない)。言い訳しない。やったことは認め、それについての責任は、前科一犯という形で自分が取る。
大麻を長年使い続けたどうしようもない男、とは思わないのである。逆に、意志の強そうなこの男が、母にも迷惑をかけたと反省している以上、今後は大麻と縁を切るのではないかと期待してしまうのだ。
そして、これらの印象は、ビジネスマンが仕事相手の信用を得る上で欠かせないものばかりだと気づく。会社が被告人をクビにしないのは、そこを見込んでのことではないか、と。
検察の求刑は2年6月。5分間の休廷の後、下された判決は求刑通りの2年6カ月、執行猶予4年だった。
(ノンフィクション作家 北尾 トロ 写真=iStock.com)
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